2008年10月26日

『スタンド・バイ・ミー―東京バンドワゴン』 小路幸也

スタンド・バイ・ミー―東京バンドワゴンスタンド・バイ・ミー―東京バンドワゴン

なんだかね、心がほんわか暖かい。
シリーズ3作目にもなるので、どんな風に物語が展開するとか、
どんなミステリーが待っているんだろうかとか、
そんなこと全然気にしなくなってしまったんだけど、
ちょっとこの、おっきな家族達を眺めていたいという気になっている。

『東京バンドワゴン』3作目、スタンド・バイ・ミー。
スタンド・バイ・ミーといえば、映画や小説で言えば、スティーブン・キング。
楽曲でいえば、ベン・E・キング。

そばにいて欲しい。

ただ、そばにあるだけでいい。
家族のあり方として僕はこういうことを望む。
ただあるだけで、絶対的な安心感がある。
だって、生まれたときからずっとあったものだから。
この物語の大家族達は、そんな気持ちなんじゃないだろうか。
例え家から離れていても、いつだって助けてやる。
信頼とかじゃなくて、そういうものだから。
家族だけじゃなくて、知り合いだって助けてやろう。
下町人情みたいな、そんな雰囲気がかもし出されていた。
例えて言うなら、ホームドラマ。そしてLOVEが流れている。
結局は色んな愛ってやつで出来ているんだろう、このドラマは。


関連作品感想リンク
『東京バンドワゴン』
『シー・ラブズ・ユー―東京バンドワゴン』
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2008年10月24日

『三四郎はそれから門を出た』 三浦しをん

三四郎はそれから門を出た 三四郎はそれから門を出た

最近めっきり小説を読む量が減ってしまった。
でも、雑誌とか漫画は毎日、毎日。
やっぱり僕は本が好き。
昨日は、仕事帰りに本屋で小一時間。
今日は休みだったので、一人でファミレスに本を持っていき、
はい一冊読了。それがこの本。
その後はブックオフで、まだ読んでない本が家で呼んでいるのに、
やっぱり買ってしまう。
本が好きで、やめようたってやめられない。
というか、やめようなんて思えない。

そんな本好きに、わかるわかる。いや、それはない。
世の中の流行? 何それ? 今読んでる本よりおもしろい?
とりあえず、一人身の本好きの自我が、なんとか保たれるようなエッセイだった。

憧れないようで、憧れる。

三浦しをんさんのエッセイ集『三四郎はそれから門を出た』
作者は、読書と妄想と、あとちょっとその他で生きているかのように感じてしまった。
その他のことも、家族の話とか、何気ない日常が面白いけど、
やっぱり本に関することが、面白い。
本への真っ直ぐのような、歪んだような、
とにかく情熱が感じられる。本に向かって思いが爆走しているように感じた。
そういう思いは憧れる。いや他の諸事情も考えると憧れないか。
でも、いいよなと思えてしまう。

本を読むだけが人生じゃない。
そうだけど、本を読むことが楽しみというか、
空気を吸うと同意義になってしまっている活字中毒者に捧げられたようで、
作者が自分で自分を救っているかのような、
たくさんの本への愛を唄っているエッセイだった。
その唄は美しくないかもしれないけど、心をぎゅっと掴んで止まない。

とか思うのだけど、僕の好きな部分は弟とのくだりのところ。
というのも、僕にも弟がいて、まったく同じような気持ちだから。
弟の冷ややかでいて、たまにうざったい態度も似ているし。
耐え難く変えがたい。
そんな弟の話題も面白いし、もちろん本に関することも面白い。
色々な本の話があるし、本屋のことや、本のしおりのことも。
小説に漫画に妄想に家族に旅行記にファッションに。
色んなところを楽しくつまめる、作者的に言うと
幕の内弁当のような作品だった。
あと、本の装丁好きです。
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2008年10月21日

『タイムスリップ明治維新』 鯨 統一郎

タイムスリップ明治維新 (講談社文庫)  タイムスリップ明治維新

鯨 統一郎のタイムスリップ2作目。
前回は森鴎外が現代にやってくるというものだった。
そこで鴎外がオレンジ色の髪の少女に助けられ、
元の時代に戻る方法を探すというものだったが、
今回はその鴎外を助けた少女が明治維新の始まる頃、
つまりは幕末にタイムスリップするというものだった。

どちらかと言うと、前作の方が好きなんだけど、
自分が幕末が大好きなので楽しんで読むことができた。
それにしても作者は前作でも『燃えよ剣』が出たし、
今回は『竜馬がゆく』が出てくるし司馬遼太郎好きなんだろうかな。

桂小五郎、高杉晋作、坂本竜馬、西郷隆盛、勝海舟etc……
彼らが、激動の時代を駆け抜ける
……というものとはちょっと違った趣があった。
主人公の少女の目的は、現代に戻ること。
鴎外の時は、自分を暗殺しようとした人物を判明させることが、
元の時代に戻る方法になっていた。
今回は、明治維新を起こした黒幕は誰かを探し出して、
正しい時代に進むように、自分たちが動いていくというもの。
未来からやってきたある人物が歴史を変えようとしていることを防ぐこと。
冒険譚であって謎解きのミステリー。

未来の人間が過去に行って歴史を変えてしまうというのには、
タイムパラドックスが付き物なんだけど、
この物語ではそれほど深刻でもなかった。
いや、深刻といえば深刻なんだけどそれほど切羽詰ったものとも感じられなかった。
なので、ちょこちょこ歴史を変えながら、正しい歴史の本流に乗せるという話に。
ラストでは鴎外の物語のように、やっぱり歴史は変わっている。
ありえないけど、これも一興。

おもしろき こともなき世を おもしろく

教科書通りでは面白くない。
型どおりの幕末の小説を期待していたわけでもないし、
こういった楽しみかたが出来るのもいいかなと思えた。

関連作品感想リンク
『タイムスリップ森鴎外』
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『モダンタイムス』 伊坂幸太郎

モダンタイムス (Morning NOVELS)  モダンタイムス

最近金欠なので、宮部みゆきの新作か、この本を買うかで迷いに迷った。

勇気はあるか?

開いた最初のページで飛び込んできた一文。
僕の場合は勇気を実家に忘れてきたわけでない。
ここだけの話、僕の名前もユウキだ。
勇気なんてそこかしこで使われる題材なので目新しくもない。
でも、僕にとってユウキとは一生向き合い対決していくものなので、
もういっちょうユウキの物語と対決してみるかという気分で購入。
ちなみに、押し絵のついた版が売っていることは、
この本の最後の後書きで知った。
ああ…『ボーイズ・オン・ザ・ラン』好きなのに……

モーニングでの伊坂小説連載は知っていたけど、読んでなかったし、
最近、ダ・ヴィンチなどの本の雑誌も読んでないので、
内容はまったくしらなかっただけによけいに楽しめた。
読んでいて、おやっと思う一文が出てくる。
安藤潤也、犬養という名前が出てくると、
ああ…魔王の続編だったんだと嬉しい気分になった。
これまで、伊坂作品がいくつかリンクしているのはよくあったけど、
ここまで純粋に続編と言えるものはなかった。
魔王、呼吸、そしてモダンタイムという、
大きな力に立ち向かう三部作といったところなのかな。
終わり方を見るともう一作入れて四部作でもいいかなと思える。
対決していくなら。でも見てみぬふりも勇気なのか。
そうだとしたらこれでおしまいでも納得。

『チルドレン』でだったと思うけど、
パンクロックとは立ち向かうことだという言葉があった気がする。
このモダンタイムスの主人公は逃げ回ってばかりだったけど、
最後の最後には対決していく。
世の中の流れに立ちむかおうとしていく。
いや、ただ小さな目的のために立ち向かったのかもしれない。
モーニングという漫画雑誌に載っていただけに、漫画的な展開だ。
これまでも漫画的な部分は多かったけど、この作品は実に漫画的。
覚悟はできているか?勇気はあるか?考えろ考えるんだ……
色んな言葉が頭に浮かんでくる。時に情景が溢れてくる。
僕には、物語のクライマックともいえるシーンで、
見たこともないはずの安藤兄が見えた気がした。

これまでの伊坂作品のように複線による、
大掛かりなどんでん返しがあったわけでもないけど、
小粋な複線による、展開がなんとも言えない。
そして最後の複線となる最初に出てきた
勇気はあるか?
結局主人公の妻のことはわかりにくかったけど
こういうケースもいいじゃないかと思えた。
主人公の答えは「勇気は彼女が」
その続きを聞くと、僕もにやにやしてしまう。


関連作品感想リンク
『魔王』 
『チルドレン』
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2008年10月13日

『タイムスリップ森鴎外』鯨 統一郎

タイムスリップ森鴎外 (講談社文庫) タイムスリップ森鴎外

森鴎外がタイムスリップして現代へと!?
森鴎外といったら、高瀬舟と舞姫の2作しか知らなくて、
医療と文学の人というイメージ。
現代に溶け込む鴎外がそんなイメージを改変させる。
多くの文学作品の作者やタイトルが出てきて、
ミステリーも交じり合う、文と学の物語だった。

なにごともノリと適応力と言わんばかりに、
現代に馴染んでいく鴎外が、見ていて面白かった。
この作者の作品は2作しか読んだことがないけど、
あっと驚く、とんでもミステリーを仕掛けてくれるので、
今回のタイムスリップした文豪を交えて、
独自に解釈する推理は面白かった。
まあ、絶対こんなことはありえなかっただろうけど、
一種のパラレルワールドとする考え方は、
この作者の小説を書く姿勢と通じるものだと思う。
何度も言うが、まだ2作しか読んでないけど。これで3作目だけど。
そして独自の解釈による、新たなパラレルワールドでの文学史の新たなページは、
とてもロマンに溢れたモノで、ここまで持ってきたかったんだろうなと思った。
文章力はキープ力。カタルシスはゴール力。
文と学の物語。
ここはパラダイス。誰でも本を読んでいる素敵な場所。
posted by kakasi at 00:49 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書 作家別 「か行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月09日

『神様のパズル』 機本伸司

神様のパズル (ハルキ文庫)  神様のパズル

小さい頃から理解できないことばっかりだった。
理系の話は、昔からわからないことだらけで大嫌いだった。
あまり鮮明に覚えていないが、理科の授業の中で、
ある現象に対する解説がされていたが、これは決まっていることだと言う。
そういう方程式のようなことばかりを聞かされて、
なぜ、そういった方程式が成り立つのか不思議でたまらなかった。
それらの疑問を先生に言ってみたら、そういうものなのだよと教えられた。
今考えると、突き詰めていけばわかることなのかもしれないが、
とんでもなく難しいことを聞いていたのだと思う。
でも、僕は結局現象のことばかりを覚え、その理由はわからないきりで、
わからないから、理系という分野を嫌いになってしまった。

神様のパズルを読むと、そのことが思い出された。
それと同時に、知ることを諦めてしまった悔しさを思い知った。
たぶん、僕のわからないことは、突き詰めると、
神様という存在にぶち当たり、神の問題集を解くようなもの。
そう思い出した、なぜ生物が生まれたのか。
生命を構築する物質は、どうやって体に成り立ったのか。
宇宙はなぜ起こったのか。
それこそ、神様のパズルを解くようなもの。

この本は、理系の青春小説のようなものだったが、
僕の長年の疑問にある意味、答えてくれていた。
単なる理系の話だったら、僕はわけわからないで終わっていたと思う。
ただ、青春小説であり、人間ドラマだったから、
僕が生きていく上でのこの神様の複雑極まりないパズルを、
答えこそくれないものの、これでいいのだと言ってくれるものが見られた。
わからないことは山ほどある。ただ人生わからないことだらけだ。
本当のことをわかりえることの方が少ないかもしれない。
もし、知りうることができたら、僕の世界はどうなるのだろう。
大きく広がるのか、それともちっぽけなものだと思うようになるのか。
もし、神様がいるのなら、こんな不思議な世界を作ってくれてありがとうと言いたい。
世の中、わからない不思議なことばかりで、思うようにいかないので
楽しく、学ぶことが出来て、面白いものになっているようだ。
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2008年10月03日

『ヴァルプルギスの後悔 Fire1』上遠野浩平  

ヴァルプルギスの後悔 Fire1. (1) (電撃文庫 か 7-22) ヴァルプルギスの後悔 Fire1

読んだのは、発売間もない頃だったのに、
なぜ今頃ブログで感想書いているかわからないkakasiです。

炎の魔女の物語が語られて、物語は加速する。
読み終えた後、そんなイメージが浮かんだのをよく覚えている。
これまで、ゆっくりと時計の針のように刻まれてきた物語が、
超加速されて、収束されてきているようだった。

とはいえ、ブギーポップという物語はライフワークのように続いていくのかもしれない。
でも、ブギーポップの世界が、あきらかに変わり始めたように思える。
これまで幾重に覆われていたものが、少しずつ露になっていく。
それに、昔やっていた『ビートのディシプリン』と物語がリンクしている。
そういえば、どこかで読んだ気がすると思い、
過去の作品をパラパラめくっていると、このためのと思えるエピソードが、
ビートのディシプリンから、多く見られた。
まあそういう話をすると、過去のブギーポップシリーズからも、
このための布石と思えるエピソードが幾つもあるのだけど。
読み手として、とてもうれしい試みでもあり、
ずいぶんと時間をかけてくれたなと憎らしくもある。
上遠野さん、僕もずいぶん年をくってしまいました……
そのせいか、最初のページに記してあった、懐かしい話。
クロダさんとの会話ですでに涙が出そうだった。

ブギーポップシリーズのある意味主役とも呼んでいい活躍の
炎の魔女こと霧間凪の物語である今作。
この本にファイル1とあるように、物語はまだまだ続いていくようだ。
タイトルのヴァルプルギスというのは、
ヴァルプルギスの夜をモチーフにしたもののようで、
wiki知識によると、ドイツでは「魔女の夜」という意味合いを持つらしい。
話がでっかくなってきたと思ったが、
よくよく考えてみると、一番最初の『ブギーポップは笑わない』から、
物語は、とんでもなく大きいものだったと思い出して、
今更何を驚くことがあるんだろうなと感じてしまった。


関連作品感想リンク
『ビートのディシプリンSIDE4』
『オルフェの方舟―ブギーポップ・イントレランス』
『酸素は鏡に映らない (MYSTERY LAND)』
『ブギーポップ・クエスチョン沈黙ピラミッド』
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2008年09月30日

『ロスト・ストーリー』 伊藤たかみ

ロスト・ストーリー (河出文庫) ロスト・ストーリー

身も蓋もなく言ってしまえば、村上春樹みたいな。
「失われた物語」を取り戻すとか、会話だとか、メタファー。
そこはかとなく物語から伝わる、
せつなさや儚さだという虚無感、喪失感。
そして、難解というより、なかなか言っていることが伝わりにくい。
よく考えないと本質が掴めないということが似ていた。
でも本質など掴めなくても、読書は楽しめるのでそれはそれで。

そういえば最近、弟が村上春樹の
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んだと言っていた。
この物語の解説でも、その小説のことが言及されているし、
僕も、ロスト・ストーリーを読んでいると、
どうしてもその村上春樹の作品が、頭にちらついてくる。

物語としては、つまらなくはないし、
これからどうなるかなど、続きが気になり、読み進めやすい。
物語を捨てるだとか、取り戻すとか、かけらだとか、
あちらこちらに、妙に気にかかるモノが散らばっていて、
平坦なようで、でこぼこしたような色々あったような話だとも感じられた。
そして、様々なことに意味がある。
自分だけの意味を持つということを少し思ってもいいかなと思えた。



関連作品感想リンク
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
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『禍家』 三津田信三

禍家 (光文社文庫 み 25-1)  禍家

先ほどブログで書いた、『ホラー作家の棲む家』に続いてまた家だ。
両方とも、主人公が普段住む家が物語の舞台、
ひいては怪奇が降りかかる舞台となっている。
日常性を保つはずの家が、非日常を引き起こすとは皮肉なものだと思う。
しかしながら両方とも、引っ越してきてということなので
家というのが、異世界の扉のような役割なのかもしれない。

「ホラー作家」と同じ作者で同じ題材を使う。
こうなれば、ほとんど同じになるはずだが、一点大きく違う部分がある。
それはこちらの『禍家』の主人公がまだ幼い少年だということ。
主役が少年ということで、語り手も違うわけで、受ける印象が違う。
子供の視点の恐怖というのは、僕にだってあったわけで、
今は平気だったはずの、子供の視点の恐怖が蘇るようだった。
さらに両作品は、怪奇、事件と違うのだが、
それでも、ほとんど同じ話であったと僕は感じた。
それはミステリーとして同じ話だと思ったということで、
ホラーとしては違うわけだが、
そういった印象からか、ミステリーとしてのイメージの方が強いかなと思う。

『忌館―ホラー作家の棲む家』 三津田信三

忌館―ホラー作家の棲む家 (講談社文庫 み 58-1)忌館―ホラー作家の棲む家

三津田信三の作品は、ホラーなのかミステリーなのか境目がわからない。
だけど思うことに、人間自体が怪奇と呼べる存在になりえるということがある。

タイトルに忌館とあるが、これは文庫化され後に付けられたもので、
最初に本が出された、講談社のノベルス版には付いていない。
僕は、そちらの最初の方は読んでいないので、今作を読むときに、
館という存在が、どれほどの強い意味合いを持つのだろうと思った。
家には、色んなものが住み着くと僕は思っている。
もちろん人もそうだが、動物であったり、思い出、あるいは呪い。
つまりは、想いが刻み込まれたり、まとわり付いたりするんだろう。
うん、漫画や小説の読みすぎだろうか。

最初この作品がホラーなのかミステリーなのかわからなくなると書いたが、
もう一つわからなくなることがある。
それは、どこまで現実でどこまでが虚像なのかということだ。
行き着くとこまで行ってしまうと、現実はあったのかとまで疑ってしまう。
しかも作者の体験談を基に書いてあるということなので、
本当の意味でどこまで本当でどこまでフィクションなのか。
そんなこと有りはしないだろうが、実はこの事件までも、
断片的だが、本当にあったことなのだろうかと錯覚までしてしまう。
怪奇・幻想という言葉がよく似合う物語だと思った。




2008年09月13日

「デトロイト・メタル・シティ」

GO TO DMC! GO TO DMC!!

アナタもクラウザーさんの信者になりませんか?
と、とにかくクラウザーさん至上主義の、
ナイスな突き抜けた映画だった。
デスメタルバンド、デトロイト・メタル・シティ(DMC)
主役はそのギター/ボーカルの地獄の帝王、ヨハネ・クラウザーU世。

漫画が原作で、そちらも出たばかりでもうカルト的人気だった。
映画でも、クラウザーさんはクラウザーさんで、
松山ケンイチは、根岸とクラウザーさんと両方を、
なにかが憑依しているかのように演じていた。
あと、松雪さん、そこまでしていいんですか?こちらは、かまいませんが。
コメディだけど、青春要素もあります。

映画は、日々の鬱憤を吹き飛ばすような、破壊力だった。
間違いなく、僕は疲れてます。
もう、どうにもならないですよな毎日ですが、
こういうヒーローがいると良いなと思う。
だからか、クラウザーさん目線で映画を最初は見ていたが、
いつのまにかDMCの信者(ファン)目線だった。
楽曲も以外とポップで親しみやすかったし。
デスメタルは、あんまり聞かないので。
映画はすごいマニアックに出来ていながら、色んなとこが、大衆向き。
個人的には、サリー♪の部分がお気にです。
posted by kakasi at 19:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月03日

「20世紀少年」

ジャーン、ジャジャ、ジャーン、ジャ、ジャ、ジャン♪
初めて、Tレックスの「20th century boy」を聞いた時、
リフが以上にかっこよかったと感じたが、
父親に、Tレックスなんて今更聞いてどうするんだと言われたことを覚えている。
僕にとっては原初の体験だが、父親にとっては今更なのだ。
だって父親は、昔の昔の70年代にその体験を済ましている。
マーク・ボランは29歳で死んだ。
それは、ずっと昔の出来事。

映画20世紀少年も、始まりはずっと昔から。
内容を言ったら、もう面白くもなんともなくなってしまうので、
言わずもがなな。
幼年期からのおよそ50年にも及ぶ、壮大で、本当に壮大すぎて、
漫画で読んでた頃、これどうするんだと心配になってしまったほどのストーリー。

映画の迫力は、すさまじく、あっという間に虜になった。
漫画の1巻を読んだときその衝撃から、
初めて新品の本を出てる分だけまとめ買いした時と似た衝撃。
確か7巻か8巻くらいまでだと記憶しているけど、
昔のことなので記憶なんて曖昧だ。
そう、記憶なんて曖昧なものだから、
この20世紀少年の物語も、面白いんだろう。
わずかな昔の記憶を頼りに、今に立ち向かっていく。
昔の思い描いていたことなんて、全然実現なんてしていかないから、
人生は面白く、そして恐ろしい。

まあ、僕は原作を読んでしまった人間なので、
映画の楽しみ方は、どうやって再現していくかというところに焦点が行く。
そういう楽しみ方からも、この映画は忠実だった。
もちろん脚色されているけど、十分に面白い。
あえて言うなら、ケンヂがドンキーに思いを馳せて、
お前みたいに走れないよと思うシーンや、
オッチョのバンコク時代がカットされまくりで、
最後のショーグンと呼べのシーンが全然胸に響かなかったこと。
まあ、時間に限りある映画でそこまで求められないのはわかるし、
そういうここ入れて欲しかったなと思うこと自体が楽しい。

第2作は来年公開。
う〜ん、待ち遠しい。
だけどまた、20世紀少年の続きが気になって、
悶々とする日々が帰ってきて、どこか懐かしい気分。
高校の頃、この漫画を薦めて、ことあるごとに
ともだち〜、と一指し指を高く上げた、僕の友達も観たのだろうか。

posted by kakasi at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月19日

『青空の卵』 坂木司

青空の卵 (創元推理文庫) 青空の卵

自称引きこもりの友人を持つ、作者と同名の坂木司が、
身の回りの謎を、その引きこもりの鳥居と解いていくという物語。
以前読んだ、北村薫の「円紫さんと私」シリーズのような
日常の謎と同時に、人との繋がりを強く意識付けられる話だった。

ただ、北村さんの作品と違って、青臭さが見える。
北村作品も、青臭いと言えば、青臭いが、
こちらは、さらに強い。いい年した男が主役なのに。
そこが純粋で良いという人もいるだろうが、
あんまり僕は、好きではない。
ドライな言い方だが、依存しすぎている。
でも、これはシリーズもので続編があるので、
その辺りは、解決すべき問題として重く圧し掛かるだろう。

話は面白いし、心温まるのだけど、
どうしても甘ったるい。
人が優しすぎるし、純粋すぎる。
人を疑ってかかるのは悪いのだけど、
僕には、あまり信用できない、こういう人達は。
もうちょっと、深い心情部分まで書き込んでくれれば納得するが、
なかなか、難しい。信用するということは。

でも、主役の坂木の心情はわかる。
彼はごく普通の人間だ。
打算で動くし、人の言葉で、自分を変えようとするし、
臆病であり、すぐに動揺する。
本物になりたい。
何のという言葉は野暮だと思う。
僕も本物が欲しい。
僕だって、本物になりたい。
自分というものが、パーソナリティーだけで決まるのでなく、
他人、場所、本、音楽などの様々な価値観や環境で、
変えられるものだって信じたい。
僕はまだ、殻はやぶれない卵みたいなものだ。
僕は、本物になりたい。
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2008年08月18日

『なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか?』 岸本裕紀子

なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか? (講談社+α新書 364-1C)なぜ若者は「半径1m以内」で生活したがるのか?

半径1mの自分の城に篭ろうとしたけど、
あえなく断念して、200km離れたとこで生きてますなkakasiです。

ブログの更新がパタリと止まってしまったが、
あいも変わらず本は読んでいる。
ただ、頭の中がごちゃごちゃして、
再び悩みの時期に入ってしまったため、
自分の意見をまとめるのなんて無理なのですよー
こんな意見も何もない、ノートへの走り書きみたいなブログでも、
頭の中を字にしようとすると、負のスパイラル。
まだ、仕事してる時の方が元気。

とのことなので、新書を読んだのに、たいしたことは書けない。
ただ、自分の快適な空間で、自分なりに楽しく過ごしたい。
本に書いてあった、若者のそんな意識は僕にも当てはまる。
ただ、それだけじゃ生きていけないわけで。
理想と現実は違う。
若者だって、それだけでやっていけるわけないって、わかってる。
ただ、自由ってものが、多くの所にころがっている。
快適な空間が近くで用意されている。誘惑が多い。
努力も報われない、才能がないと、自分に向いていない。

そんなこんなで、こじんまりと生きていくことを選んでしまう。
だって、楽だから。身の丈にあっているから。
でも、ふとこのままでいいのかとやっぱり自問自答。頭が痛い。
テレビを見れば、社会的敗者のニュース。
そんな風にはなりたくない。
でも、誰がこの人たちを負け組みと決めた?再び、自問自答。
結局は、自分の快適な生活空間を持つことが救いだと思う。
半径1mは、救いなんだと思う。
適度で、楽しい、快適な生活の場。
大きな夢は見なくても、楽しい。
小さな夢なら、あちこちで見つかる。
でも、だけど……

悩みながら若者は生きているわけで。
半径1mに留まるものもいれば、そこから飛び出す者もいる。
どちらにしても、人それぞれだ。
僕? 僕は、まだまだわからない。
ただ、目の前のことで精一杯です。
posted by kakasi at 20:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「か行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

『メドゥサ、鏡をごらん』 井上夢人

メドゥサ、鏡をごらん (講談社文庫)メドゥサ、鏡をごらん

以前読んだ『クラインの壷』の岡嶋二人というのは、
2人の作家の競作(クラインに限っては、ほとんど井上さんで書いたようだが)
ということなのだが、現在はコンビを解消している。
岡嶋二人の他の作品を読んでも良かったが、
タイトルに引かれて、井上夢人さんの作品を読んでみた。

さあ、どんなミステリーだと思って読んでみると、
なんだ、ホラー小説だったんだという感想。
というより、幻想小説。
まあ、幻想の意味が違っているのだけど。
その辺りは、読んでみればわかると思う。
この作品は、ネタバレしたら面白くないので。

タイトルに「メドゥサ」とあることから、
なんとなく事件の発端は想像できる。
被害者が石になってしまったというのが事のあらましだ。
正確には、自らコンクリート漬けになって自殺ということなのだが、
ここから物語は、あらゆる不可解なことへと連なっていく。
そして事件を紐解いていくわけなのだが、
あらゆる現象が、物語が続いていくごとにわからなくなってしまった。

アレがアレでソレで、こうなって、つまりはこういうこと?
でも、こんなことが起きてしまって、結局は?
とても面白かったのだけど、なんとも消化不良な感覚だった。
『クラインの壷』でも同じような印象を受けたけど、
こちらの方が、なんとも気色の悪い感覚。
結局は、何もわからないのだから。
読んでみないとわからないが、読んでみてもわからない。
少なくとも、僕はそう思った。
posted by kakasi at 00:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「あ行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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