2010年01月08日

『鴨川ホルモー』万城目学

鴨川ホルモー (角川文庫)鴨川ホルモー

もはや何が何だか……
本の内容にしても、自分が読んだ時期にしても。
確かこのホルモーの映画が始まる前のことでして、
何をいまごろといった気分。

内容の方は森見登美彦さんが好きならこれも好きかなと。
同じ雰囲気を感じる。バカバカしくて、テンションが高い!
わけのわからないところが魅力で、若さがほとばしる一作。

ホルモーって何だ??
そこが本書の窓口で、そこから色々な疑問が連発。
でも、その疑問を吹っ飛ばすようなテンションで突き進むので苦にならない。
そして、基本的には大学生が主人公の青春小説なので、
さほど特殊すぎる分野でもない。

なんだけど、京都という地の理を生かした異界としての京都も扱っていて、
それが、まさにホルモーの真骨頂。
現地と異界を結ぶお祭り騒ぎのホルモーも良いけど、
おかしな人間関係がまた魅力的。


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『木曜日だった男』チェスタトン

木曜日だった男 一つの悪夢 (光文社古典新訳文庫)木曜日だった男 一つの悪夢

とっくに明けておりますが、改めてあけましておめでとうございます。
正月などどこ吹く風で仕事だったので、
ブログでも正月などスルーでいきます。
さっそく本の話に。
しばらくは去年のブログが止まっていた間に読んだ本でいきます。

ミステリーかと思いきや喜劇。真面目に不真面目。
七曜会という謎の組織を廻るドタバタ劇。
「街」というゲームの七曜会というシナリオの元ネタかな。
タイトルの『木曜日だった男』から、もしかしてと思い手に取ると、
七曜会という単語がでてきいてやっぱりなぁと思った。
七曜会という組織に入り、その実態を探るということも、
面白おかしい、不可思議な話ということも同じであったことだし。

大筋は読みやすいけど、細かいところで裏切られる。
先が読めるんだけど、その過程がバタバタしていてそこが面白い。
お約束的な流れがわかりやすすぎるのだけど、
やっぱりそこが面白い。お前もかよっ!やっぱりっ!って。

不思議なアドベンチャーでいて、哲学的なおかしな話だった。

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2009年11月25日

『海を見る人』 小林泰三

海を見る人 (ハヤカワ文庫 JA) 海を見る人

ハヤカワ文庫っていえばSFなイメージで、
難しそうだなって思ったのだけどタイトルから、
ヘミングウェイの『老人と海』を連想させられ気になってしまい、
後書きなどを読んでみると解説に、
計算機を片手に読んでなど書いてあったので断念しようと思ったが、
ハリーポッターみたいに読めばいいんだよと作者が語っていたので、
買ってみることにした、表紙もなんかいい雰囲気なので。

この本は7つの短編。
同じ世界なんだろうなとは思うけど、独立した7つの物語。
少女が先生と呼ばれる人物に7つの物語を語る形式になっている。
科学の話でなく、物語を聞きたい。
不思議でせつない物語を聞きたいと言う少女に、
語る物語は、ほんとにバラバラなんだけど、
重力っというもので繋がっているのだと思う。
これは宇宙の物語で、不思議な世界の物語で、未来の物語。
地球のように内側へ重力が、かかる世界でなく、
外側へと引っ張られる外の世界の物語。
重力に縛られながらも、必死にもがいていく話なんだと思う。
あるいは何かの縛りからもがいていく話といっても良いと思う。

・「時計の中のレンズ」
遊牧民族の少年村長が、歪んだ円筒世界から楕円体世界を目指す物語。
崑崙とか単語が出てくると古代中国を、
遊牧民族というとモンゴルを連想するのだけど、
地球の話ではない……と思う。
政治の話だったり、恋愛要素も混じったりしてるけど、
本質的には冒険譚何だと思う。摩訶不思議な冒険譚。
小さな村長の頑張りが妙に微笑ましかったりもした。

・「独裁者の掟」
途中から物語がこんがらがってしまい、
読み進めていくと、ようやく全てがわかった気がしたが、
どこからどこが?
と、不思議な気分の物語。
冷徹な独裁者と、小さな少女の物語が交互に語られていくこの話。
この『海を見る人』の中で一番好き。
冷徹な独裁者の苦悩と少女の苦悩がピタリとハマる瞬間が、
素晴らしくも、悲しい物語。

彼女は良い人?それとも悪い人?
何かがひっくりかえったような気がするわ。
物語を聞いた少女が先生に問いかける。
その答えを決めつけることは僕にもできない。
「いいえ。わたしは償うのよ」
最後の一文が、物哀しい。

・「天国と地獄」
僕の読解力と想像力の足りなさのせいで、
どうも物語の世界が上手くとらえきれなかった。
だけど、こういうものと思いこめば楽しめた。
魔法の世界では、その魔法の在り方の原理はわからなくたって楽しめる。
SFの世界での科学の在り方の原理がわからなくてもまたしかり。

これは何が目的かはよくわからなかった。
ただ、登場人物が生きていこうとしていた。
生きていく目的がある人物も、特にはそんな目的があるとはわからない人物も。

難しいけどオーソドックスなSFだと思う。
あくまで僕がイメージする未来の宇宙世界のSF。
それでいてミステリアスで、とても大きい話。
世界の秘密という壮大なミステリーに挑むことになる話。
結末は悲しいけど、そこに至る過程はとても興奮した。

・「キャッシュ」
いわゆる仮想現実を舞台にした話。
嘘の世界とも語られているが、嘘で済むような話ではなかった。
誰もがそこの世界は仮想世界としていながら生活する世界。
仮想と現実が狂ってしまうとまでいかないが、
仮想と現実の差異からなるバグが仮想世界を追い詰める話。

これもなかなか面白かった。
主人公が、探偵ということからか、ややハードボイルドテイスト。
アリスのひとかけらが世界に残っている。
そうあれば良いなと願いたい。

・「母と子と渦を旋る冒険」
一言で言うと子供の視点で語られる母の元に帰る物語。
だけど、その一言じゃ全然済まない話。
話自体は、本当に母の所に帰ろうとするだけの話なんだけど、
母と子に「渦」が加わってくるので、SFになってくる。
SFというか科学とか物理の話。
母と子の関係もただの母と子でないので、SF。
人間ではなく生物。高度な知識を得た科学生物といった印象。

・「海を見る人」
表題作。実に哀愁漂う。
SFとかじゃなく、普通の物語としても素晴らしい作品だと思う。
カムロミという少女がでてきて、
一瞬「天国と地獄」の主人公のカムロギと関連するかと思いきや、
そんなことは全然ない、独立した話だった。

場所によって流れる時間が違う世界を舞台にしたこの話。
違う時間の流れ方をする村同士に住む少年と少女の話。
少年が、海の向こうにいる少女を眺めていたという話。
はっきり言ってラブストーリー。
とっても綺麗でとっても残酷なラブストーリーといったら、
ありふれている。ありふれているけど、やっぱり良い話。

・「門」
すべての終わりと始まりの物語と先生から語られるこの物語。
時間を越えることの出来る門で行われた物語。
原因は結果となり、結果は原因となる。

まさにSFで、ようやくきたハッピーエンド。
若い少女の宇宙戦艦艦長と辺境のコロニーに住む少年。
そして少年ら、コロニーに住む人々の先生である大姉の3人を廻る物語。
苺ミルフィーユを食べながら読むのが正解な物語。

と、こんな7つの物語の短編集。
SFが苦手でも楽しめるというのは嘘じゃない。どれも感慨深い。
「門」を最後に持ってきたのは正解だなぁ。
おかげで読了感が、すがすがしい。
posted by kakasi at 04:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「か行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月23日

「フィッシュストーリー」

フィッシュストーリー [DVD]フィッシュストーリー

フィッシュストーリーってこんな良い話だったかなと、見終えて思った。
小説版と比べると、展開が大がかりで劇的で、ベタにはなっているけど、
そこがとても素晴らしく思える。
なぜなら、正義の味方の話でもあるから。
それにしても、森山未來は良い役者さんだな〜

フィッシュストーリーはホラ話という意味を持っている。
まさに、この映画もホラ話のように
上手くいきすぎるほどに、色々なことが、
「逆鱗」というパンクバンドの曲「フィッシュストーリー」で繋がっている。
だけど、劇中でも言っていたけど、
そういうことだって良いんじゃないかと思う。
風が吹けば桶屋がもうかるってか。
案外こういう話もあるかも。

この映画を見る前の懸念材料だった歌の部分は、
斉藤和義がプロデュースということで、
何とかマシなものにはなるだろうと思っていたくらいだったけど、
これが、なかなかに良かった。
ピストルズ、リバティーンズみたいな、
上手くはないけど、立ち向かうっていう姿勢が、
いや、戦うっていってもいいかもしれない。

最後のフィッシュストーリーの曲に載せた、
ダイジェスト版が、バラバラな時間で展開された物語が、
繋がっていると、はっきり気づかせてくれる。
ちゃんと、届いている。
バンド逆鱗のボーカルは報われている。
本人が気づかなくたって、届いている。
音楽は素晴らしいものだ、そして映画も素晴らしいものだ。

2009年10月22日

『青春というのなら』ジョン・B・チョッパー

小説ウルフルズ 青春というのなら 小説ウルフルズ 青春というのなら

このブログが一回完全に止まったのがウルフルズの記事のことで、
本格的に再開したのもウルフルズ。
青春というのなら、僕にとってなんなんだろう。
間違いないことは本の著者、ウルフルズのベーシストジョン・B・チョッパーや、
ウルフルズのメンバーにとってはウルフルズは青春なんだろう。
過去形でなく、活動休止となっている今この時も。
ウルフルズが再び始まれば、また青春なんだろう。
それはファンの僕らにとっても。

この本の内容に関して、僕が口をはさむことなんて何一つない。
ただ一つ言うべきことがあるとすれば、
何情けないこと言ってるんだでもなく、
勇気をもらった、自分も頑張ろうと思うでもなく、
ウルフルズのことを知れてよかったでもない。
ただ一つだけ言いたいことは、
ウルフルズがいて良かったということ。
青春というのなら、僕にとってウルフルズだけじゃないんだけど、
ウルフルズの存在は、間違いなく僕にとって青春の一つ。

ジョンBのこの本は、ベース初心者そしてトータス松本という脅威。
そしてウルフルズへの愛情が、さらりとした文章でかつ、
読み終えると心にズンと残る、味わい深いものだった。
おまけの以前ネットでも読んだことがあるが
「芸の花道」が載っているのがうれしい。
ウルフルズという物語を読む上では、芸の花道のほうが
ドラマティックで、まさにウルフルズの青春を感じられるが、
青春というのならは、ジョンBのウルフルズを聞けるのがうれしい。
しかし反面に、とても切ない。
だけどウルフルズへの愛情で満ちている。
ちょっと変わってるけど、確かなウルフルズへの絆を感じる。

ジョンBは、一見地味だし、ミュージシャンぽくないし(最近はそうでもないけど)
ウルフルズの、あきれるほど能天気で元気という
パブリックなイメージの人ではないけど、
やっぱり胸の内の熱いものが流れてるんだと思う。
それこそがウルウルズに僕が感じるもの。
フロントマンがトータスだからかもしれないが、
それは「情熱」というもの。
後悔しても ええねん
また始めたら ええねん
失敗しても ええねん
もう一回やったら ええねん
前を向いたら ええねん
胸をはったら ええねん
それでええねん それでええねん

本の中にも紹介されていたウルフルズの「ええねん」の一節。
ぼくは50曲くらい歌いましたからのファンなので、
この「ええねん」が初めて買ったウルフルズのCDだった。
また、こうドカンと一発熱い音楽を聞きたい。
やっぱりそれにはウルフルズは必要だと思う。
とりあえずちょっと休めばええねん。
ソ<Eルフルな青春にバンザイ。
posted by kakasi at 06:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「さ行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

ひっそり休業、ひっそり開業宣言

長いことほったらかしにしてしまいました……

ブログを止めようとか思ってたわけでもないのに、
気がついたら書けなくなってました。
大したことなんかブログで書いたこともないけど、
そんな大したことなんか何でもないことすら書けなくなってました。

書こうと思えば書けたかもしれないけど、
書こうとする気力なんか何一つ出てこなかったというのが実際の所で、
完全なる無気力状態。長いことずっと。

改めて、仕事をしている人はすごいと思う。
単に自分が力を抜くということがまだできないだけかもしれないけど、
仕事でいっぱいいっぱい。
帰ってきたらバラエティ番組くらいしか見る気になれなくて、
ちっぽけすぎる頭を使うことができない。
ほんとこのブログが止まっていた間は、疲れてた。

でも、やっぱりそれだけじゃダメなんだと。
脈絡もなく思うけど、やっぱりちっとは頭を使えと。
これはよく仕事場で言われる言葉。
仕事だけじゃなく、私生活でもそうだな。
こうやってリハビリみたいに言葉を自分の中で組み立て、書き綴らなきゃ、
精神的に良くないな。僕の生活的に。

うん、今日から開業。
posted by kakasi at 03:10 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月10日

青春のウルフルズ

ウルフルズが活動を休止した。
去年のサザンの活動休止では、
好きな曲はいくつもあるけどもそれほどファンでもないので、
どこか他人事のようにも思えたけども、
ウルフルズは、自分の中で本当に大切な存在だったから辛い。
辛いで言ったら、ここのところのトータスの方がしんどそう。
愛猫が亡くなって、ラジオも終わって、清志郎も亡くなって、
自信作のソロも売れなくて、さらにはバンドが休止。
バンドは自分の意思であるのだろうけど。

前向きな活動休止とは言っているけど、なかなか納得ができない。
フロントマンのトータスが、熱しやすく落ち込みやすい。
それに何より、バンドは4人。ライブは5人。
人の集まりだから、どうなるかわからない。
いつかと信じて、結局解散したイエモンだってあったことだし。

ウルフルズは本当に不思議な魅力のバンドで、
ガッツだぜのころは、コミックバンドだと思っていて嫌っていたら、
すごいソウルで熱いロックを何より楽しそうにやっていたのを見て、
好きになって、いつのまにかずっと歌を聞いていて、
真っ直ぐ過ぎる言葉が、本当に心の支えだった。
メンバーが抜けて、また戻ってきたり、


こうして活動休止を発表した後も、
何もかも間違いじゃない。そう思っていてくれているなら、まだ救いはあるかもしれない。
とりあえずのところのウルフルズの一番新しいアルバムの
「KEEP ON MOVE ON」は個人的に一番の傑作だと思うし、
バンドのパワーが落ちているとは、とうてい思えない。
こうグダグダ書いていてもやっぱり納得できない。
ウルフルズには20年の積み重ねがあって、色々と思うことがあるのはわかる。
でも、好きなものが無くなってしまうかもしれないというのは、やっぱり辛い。
解散ではないとはいっているけど、やっぱり不安。
まだまだウルフルズの元気が必要なんだ。

ウルフルズは正直トータスでもっているとは思う、
ソロのトータスはすごいいい歌を作っている、
でも、やっぱり4人の中の1人のトータスじゃないと嫌なんだ。
イチファンの勝手な言い草だとわかっていてもね、やりきれない。

いつか青い空からシャララララ
答えはくるさシャララララ

とりあえずは、答えをまってます。
それが答えだ!って。
どんな答えでも受け入れるつもりで。
posted by kakasi at 23:49 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月30日

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破EVANGELION:2.0 YOU CAN (NOT) ADVANCE.」

ええい!続きはまだかっ!!!


とりあえず感想はネタバレなしの方向で。

レイトショーだったのに、初日でもないのに観客は列を連ねていた。
今だ絶大なる人気を誇るという謳い文句は伊達じゃない。
エヴァは僕にとってはよくわからないアニメで、
オカルトじみたことは好きだけど、雑誌のムーの愛読者でもないし、
アニメを全話みたわけでもないし、
田舎住まいだったのでリアルタイムで見れたわけでもないし、
流行り廃りにもあんまり興味ないし、
物語もよくわからないし、ロボット(人造兵器)のデザインが好きでもないし、
キャラも特別好きなのがいるわけでもないし、
当時好きだったわけでもなく、大学入った頃からちょっと好きになったくらい。
なのに、ネットで出回っている二次創作の小説を読んでしまったり、
現在、ワクワクして映画館まで見に行って、
映画にドキドキして、続きを見たくてたまらなくて、なんだか不思議だ。

前作の「序」を見て以来のエヴァンゲリオン体験。
映画を見るのも9か月ぶり。
以前は週1くらいのペースで見ていた映画。
なのに毎日忙しくて見る暇もない。
時間だけじゃなくて、心の余裕もない。
エヴァは、そんな僕にはあまり良い映画じゃない。
難解で、娯楽って感じでもないし、どこかひねくれてるとこがあるイメージ。
そのはずなのに、今回は映画を見てぶっ飛んだ。
完璧なエンターテイメントで、いわゆる王道ってやつだったからだ。
寝ても覚めても少年マンガ夢見てばっか。
映画を観る前に漫画喫茶で『バクマン』を読んできたせいかな。
あの問題作と言われていたエヴァが、王道アニメに僕は思えた。
バトルに青春、人との触れ合い、心の葛藤、成長、多くの謎。
でもよくよく考えると、それってテレビ版から変わらなくない?


映画は一言でいうと、「すごい」
「序」から継続の美しい色彩に、風景の美しさ。
エヴァの動きも映画館で見ると迫力満点で、
エヴァ3体が疾走する姿は鳥肌が立つくらいカッコイイ。
シンジ君は、ラストにはすごい熱血で、まさに男の戦い。
なんだかエヴァじゃないエヴァを見てるみたい。

でも、色々意味深な映像やセリフが満載で、
そうとう、ああだこうだと解釈がとれる部分がすごい多くて、
やっぱりエヴァンゲリオンなんだなと思えた。
前作からも感じた、エヴァの世界ループ説は
ラストでのカオル君のセリフによりさらに支持の方向で。

映画は最後までドキドキして見れてというより、
中盤での完璧なまでのいわゆるフラグ立てからの、
計画通りといわんばかりの展開により、
そこから正直、話についていけなくなった。

マジで!?

と、もはやポカーンとしてしまい話半分で、
思考が映画についていかなかった。
だけど、そこから圧倒的なまでのバトルシーンにより
ようやく物語に心が戻っていた。
エンドロール後の、前回からのお約束次回予告シーンで、
ものすごい安心できたからよいものの、
予告がなかったら、またまた賛否両論だったろうな。
すごいおもしろかったけど、アレは無いわと。

映画見た後、色々振り返ると謎だらけで、
しかも次は、ヱヴァンゲリヲン「急」じゃなくて「Q」だと。
なんだかわからないことだらけだけど、すごい面白かった。
これだけは、胸を張って言える感想だった。


過去関連作品感想リンク
ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序 EVANGELION:1.0 YOU ARE (NOT) ALONE


2009年06月26日

『空へ向かう花』 小路幸也

空へ向かう花 空へ向かう花

子供という存在は、大人が守らないといけない。
それは間違いなんかじゃない。
だけど、その守るべき子供に大人が守られている。
勇気づけられているってことがある。
なんだかわからないけど、子供にはそんな力がある。

この物語に出てくる主な登場人物である2人の男女の子供。
元気いっぱいなというタイプでなく、
心に傷をおっていて健気さを覚えてしまう2人。
この子供を見ていると、なぜ大人は守ってあげないのかと思う。
だけど、守ってあげないとと思っても、
どうすればいいのかわからないことだってある。
上手くいかないことだってあるんだ。
どうしようもないことだってあるんだって。

それでもなんとかして守ってやろうと心に決めて、
必死にやってやれば子供にだって伝わる。
物語であるなら読者にだって伝わる。
2人の子供を守るために出てくる2人の大人の優しさ、力強さは、
幼いころ僕を守ってくれていたであろう色んな人を思い出させる。
物語に出てくる、この二人の子供をどうにかして
幸せにさせなくてはと動く2人の大人の存在には救いを感じた。

現在はっきり言うと、自分のことだけでいっぱいいっぱいで
他人の世話なんて大層なことなんて僕には過ぎたことなんだけど、
それでも守ってやらなきゃって。
子供は弱い存在からだとか、
可愛いとか純粋とか、その姿や仕草から思うのもそうなんだけど。
子供独有のキラキラした目で見つめられると、どうしても。
その目が薄暗くどんよりしているならなおのこと。

子供の頃の気持ちを思い出すのと同時に、
大人となった今を強く感じさせた一冊だった。
posted by kakasi at 00:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 「小路幸也」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

『1Q84』 村上春樹

1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 2

2つの物語とメタファー。
『海辺のカフカ』や『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』
という過去の村上さんの作品と骨組みが似ているなというのが率直な感想。

色々と複雑すぎて何を感想として書けば正解なのかもわからないし、
全体を通して村上春樹が何を書きたかったのかもよくわからない。
文学というほど高尚な物語でもないし、
エンターテイメントというほど、娯楽に満ちた物語でもない。
さらにいってしまえば、この2冊で本当に1Q84が終わったかもわからない。
考えれば考えるほどわからないし、
頭を真っ白にしてただ文字を追って行くだけの物語でもないし、
感想を書くには本当に難しい。

青豆と天吾の2人の物語交互に語られていく形で小説が続く。
2人の関係がいつか交差するんだろう。
その時はドラマティックに物語が彩られると思いきや、
早い段階で2人の物語が交差まではいかないけど、
すでに混じり合っていて関係があるとわかる。

物語に銃が出てくるならその銃は発射されなくてはならない。
物語の中でこんな言葉が出てきた。
チューホフという作家の言葉らしい。
そういえば以前何かで同じセリフを聞いた気がする。
だったら2人の物語があるなら、
それはどこかで交わらなくてはいけないということなんだろうか。
ここから書こうとすると大きなネタバレになるのだから止めておくけど、
この物語は、全てのことに大なり小なり、
何かしらの意味づけが、そうである必要があったという気にさせられた。
物語の謎はまったくというほど解けていないのだけど。

ただ、孤独な2人が強く会いたいと願っていた。
真っ白な純愛の話だったとも思えた。
意味はわからないけど面白かった。
だからこそ、意味を知るための続編を読んでみたい。


関連作品過去感想リンク
『海辺のカフカ』
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
posted by kakasi at 04:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「ま行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

『78』 吉田篤弘

78 (小学館文庫)  78

自分の頭の中のものを、文章にするってことは誰にでもできるのだろうけど、
それを商売にしてしまう人のことを僕は尊敬する。素晴らしい才能だ。
そういうことを本人に言うと、才能なんかじゃないよ
なんて答えるかもしれないが、立派な才能だ。
僕なんてこのブログを見ての通り、支離滅裂なことしか書けないし、
4年も続いてるのに、いまだに書くってことが難しい。
てきとうなことしか書いていないのに、それなのに難しい。

僕の場合、話すことさえも苦手なので書くなんてもっと無理。
最近本当に自分の思いを書く、話すってこと、
外に向けるってことが難しく思える。
胸の中では流れるように出てるのに。
今まで普通にできていたことができなくなっている。
眠れない夜に、今までどうやって自分が寝ていたかと悶々するあの感じ。

『78』の感想を書くつもりが、こんな感じで変なことを考えてしまい
なかなか書けない。今までどうやって感想書いていたのか。
良かったとか、面白いとか、ぞくぞくした、とかそんな感じにすれば楽なんだけど、
この話はそんな感じでなく、物語が複雑ってわけでもないのに、
いざ感想を書こうとすると、何をどう書こうか迷ってしまう。
夢を見て、その瞬間ははっきりしていたはずなのに、
すぐに肝心なところがぽっかりと抜け落ちてしまうように。
全体の輪郭はなんとなくわかるのだけど。

この『78』は僕にとって夢物語みたいなもの。
とっても良い夢なのだけど、肝心なところが抜け落ちている。
その昔、世界は78回転で回っていた
何のことやらと思う、この本の紹介文。
実際のとこは何てことなく、昔のレコードの回転数が78ということだという。
今のレコードは33か48回で回る。
昔のレコードは実にゆっくりしている。
そのことを意識するように、ゆったりと物語が語られる。
本当にゆったりと、でもちぐはぐに。
レコードのブツっとするあの音を表してるように感じる。
物語の始まりには、ハイザラとバンシャクという少年が終点を目指す。
終盤ではシンとクローディアという男女が終点を目指す。
物語の最後ではジングルという女性が音楽の終わりを考える。
レコードが正確に音楽を記録するならば、
音楽の終わりも、また正確に記録されていると悟ると、
音楽は永遠に頭の中で残っていると彼女の夫が答える。

そして「めでたし、めでたし」とでも言い、
母親が絵本をパタンと閉じ終えたかのように、
実に良い余韻で物語が締めくくられる。
思えば僕も子供の頃、絵本の話はよくわかってなかったはずなのに、
今でも、なんとなく頭の中に話が残っている。
その時感じていた思いが、今『78』を読み終えてある気がした。
結局のところ何にもわかっていないし、色あせていく思いでになるのだろうけど、
何となく、ずっと残っていくような物語だった。

2009年06月07日

久しぶりの普通の日記

村上春樹の新作の発売日に、仕事の休憩時間を使って買いに行ったけど、
新刊売り場にはぽっかり2つの穴が出来ていた。
ネットで予約殺到と出ていたので、ああそうかとあっさり諦めて、
次の日他の書店に行ったけど、やっぱり売ってない。
どこにいっても売ってない。

そういえば、この前にもDOESの新アルバムが発売だったので、
ゲオとヤマダ電気に行ったけどこれもまた売ってなかった。
以前住んでたところなら1時間半くらい車でタワレコがあったのに、
引っ越ししたのは、やっぱり不便だと感じた。タワレコ偉大なり。

同じようなことはまだまだ続いて、
トータス松本の「明星」を発売日に買いに行ったけど、
店には歌が流れてたのに、明らかに新作のコーナーには
トータスのCDのスペースが空いてない。
トータスの名前のところにも無い。
なんだかんだ、他の店にあったので良かったけど、
最近は新作といっても売ってないことが多い。

今日は久しぶりにツタヤに行ってリトルバーリーをレンタル。
有効期限が切れていたので500円は痛い。
本当は以前パソコンがぶっ潰れた時消えた、
清志郎の「夢助」と
最近気になる、ラファエル・サディークの「ザ・ウェイ・アイ・シー・イット」
この2作を借りたかったけど、置いてはいなかった。
そういえば、引っ越して半年になるけどツタヤに行ったのは初めて。

無料レンタルにはピロウズの「Funny Bunny」が。
なんでかなと思ったら、ピロウズのベスト版が出ていた。しかも2枚も。
欲しかったけど、新作ってわけでもないのであきらめて
店内をふらふらしていたら、カサビアンの新作が出ていた。
こっちはすんごい欲しかったけど、ツタヤのポイントなんて微々たるもの。
やっぱりタワレコ偉大なり。というよりただの貧乏性。
最近車を変えたから、貧乏生活に突入中。
フランツ・フェルディナンド・グリーンデイの新作も欲しいけど自粛中。


今日も相変わらず、人生に悩んでばっかりの毎日。
だけど車の中でトータスの「明星」を聞いていると
こんな生活だけど何もかもが間違いじゃないと思える。
いや、思いたい。そう信じている。
「明星」のカップリングの「夢ならさめないで」
もう一つオマケのカバー曲「What Becomes of the Broken Hearted」
この2つもすごいいい曲。

家に帰ったら、ピロウズを久しぶりに聞いてみる。
曲はツタヤで見た「Funny Bunny」
こんな感じで毎日が流れる。世界は簡単そうに回っている。今日みたいに。

キミの夢が叶うのは
誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を選んで
走ってきた
当たり前すぎるほどいい曲だ。
ちょっとピロウズのベスト版が欲しくなった。

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2009年06月04日

『メシアの処方箋』 機本伸司

メシアの処方箋 (ハルキ文庫) メシアの処方箋

この作者の前作が「宇宙を創ることができるか」
そして今作が「メシアを救世主をつくることができるか」

個人の小さな宇宙、救世主という意味あいでなくて、
文字通りのそのもの、壮大でロマン溢れて、不可能な側の
宇宙であり、今作ではメシア。

そんな大きなテーマの『メシアの処方箋』
メシアを作るというより、方舟という古代の遺跡を発見して、
その中から蓮華模様が刻まれている木簡を解析するという
物語というイメージが読み終えた後強く残った。
僕は、その解析する流れが好き。
未知の物体というものに触れて、それを知ろうとする人の好奇心。
僕はアホでバカなので理科の実験でさえ満足にできないし、
研究なんて学者的なことはまったくできないけど、
こういう謎を追及できるようなことをやってみたりしたい。
というか、妄想してしまう。
謎、つまりは、わからないってことは面白いな。


ちなみに謎といえば、『神様のパズル』の映画は、
なぜあんな風になってしまったんだろう。



関連作品感想リンク
『神さまのパズル』
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2009年05月19日

苦しい時にこの一曲 part8

「明星」 トータス松本

明星(期間限定スペシャルプライス盤) 明星

トータスのオリジナルソロ曲は、ウルフルズとは一味違って、
大人のバラードというかブルースというか、
染みいるような、しっとりした雰囲気が、それは素晴らしいけど、
ソロ3rdシングルとなるこの「明星」は
疾走感溢れ、アグレッシブで、トータスの熱さが伝わってくる。
そして胸があったくなる、実に「らしい」曲だった。

本当にこの人の歌は、伝わってくる。
ありきたりな言葉やシチュエーションを歌ってるのに、
ストレートに胸に響いてくる。
本当に、欲しい言葉を歌をくれる。

耳当たりが良くて、きれいな歌は山ほどあるけど、
無骨でも、ストレートにぶつかってきてくれる歌は、
脳天から心臓まで突き抜ける。
何もかも 間違いじゃない
何もかも 無駄じゃない
たったひとつの輝きになれ
人はみな一度だけ生きる

使い古されたような陳腐な歌詞でもあるんだけど、
音楽に乗って、力強く、厳しくも優しく、
僕に勇気をくれる。苦しい時にこの一曲。

間違いじゃない!!


それと歌はもちろん、PVが素晴らしすぎた。
ペプシコーラのサイトで3種類見れるが、どれも凄い。
たくさんの人が一つの明けの星を歌い継いでいるのが、
素晴らしい繋がりを見ているようで、なぜかうれしくなる。
トータスと交遊がある、
ユースケ・サンタマリア・名倉潤・パパイヤ鈴木も友情出演。

そしてトータスが電車の中をギター一本で、
駆け回っているシーンがすごい熱くなる。

どうぞこちらで、そのPVをご覧ください↓
http://pepsinex-music.jp/
posted by kakasi at 02:48 | Comment(2) | TrackBack(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

『菊と刀』 ベネディクト

菊と刀 (光文社古典新訳文庫) 菊と刀


久しぶりに読書の感想記事です。
なんか毎日毎日疲れてて、最近本読めてません。
実はこれも、まだ精神的に健全だった時読んだ本で、
内容も曖昧な部分が多いのです。
たぶん10冊以上、感想記事書いてないのが残ってます。
おかしいな〜、読書の備忘録としてのブログのはずなのに。

この本はタイトルが自分的にかっこいなと思い、
本屋でバイトをしていた頃から気になっていた本。
「菊」と「刀」
日本という国を表すかのような2つの言葉。
アメリカ人のベネディクトが日本の文化を研究し、
外側から見た日本、アメリカ人からの異文化として捉えた日本が興味深い。
ベネディクトは文化人類学者だというが、
第二次世界大戦時中ということでフィールドワークを行わず、
文献や日系人、滞日経験のある米国人の協力で書かれたことで、
事実というより、ベネディクトの考察という部分が大きいような気がした。
ほとんど論文なので、そういった内容になるのは仕方ないが、
これは真実なのかどうか。
もはや古典にもあたる内容で、
当時の日本と今の日本は大きく変わってしまったので、
もはや、あらゆることが僕にはどこか別の国のことのようにも思える。
天皇を敬う在り方なんて、今も年配の方は、
まだこの文献当時と似ている部分もあると思うが、
僕みたいな若いモンには、もう全然わからない。

日本人の気質的なことを描いている部分は、
あまり昔も今も変わらない部分もあると思う。
「応分の場」「恥」「恩」などなど……
少しずつ変化しているのだろうが、
昔の日本人も今の日本人も根っこの部分は変わっていないと思う。
だいぶ欧米的な考え方が、日本に浸透しているのだけど、
日本人特有の、言葉では説明しかねる何かを感じる。
今も昔も日本人というのは風変わりというか、
特有の文化を形成しているのだなと感じた。

それにしても読みやすい訳で、
光文社古典新訳文庫の他の本も読んでみたい。
posted by kakasi at 03:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「海外」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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