2008年09月30日

『禍家』 三津田信三

禍家 (光文社文庫 み 25-1)  禍家

先ほどブログで書いた、『ホラー作家の棲む家』に続いてまた家だ。
両方とも、主人公が普段住む家が物語の舞台、
ひいては怪奇が降りかかる舞台となっている。
日常性を保つはずの家が、非日常を引き起こすとは皮肉なものだと思う。
しかしながら両方とも、引っ越してきてということなので
家というのが、異世界の扉のような役割なのかもしれない。

「ホラー作家」と同じ作者で同じ題材を使う。
こうなれば、ほとんど同じになるはずだが、一点大きく違う部分がある。
それはこちらの『禍家』の主人公がまだ幼い少年だということ。
主役が少年ということで、語り手も違うわけで、受ける印象が違う。
子供の視点の恐怖というのは、僕にだってあったわけで、
今は平気だったはずの、子供の視点の恐怖が蘇るようだった。
さらに両作品は、怪奇、事件と違うのだが、
それでも、ほとんど同じ話であったと僕は感じた。
それはミステリーとして同じ話だと思ったということで、
ホラーとしては違うわけだが、
そういった印象からか、ミステリーとしてのイメージの方が強いかなと思う。

『忌館―ホラー作家の棲む家』 三津田信三

忌館―ホラー作家の棲む家 (講談社文庫 み 58-1)忌館―ホラー作家の棲む家

三津田信三の作品は、ホラーなのかミステリーなのか境目がわからない。
だけど思うことに、人間自体が怪奇と呼べる存在になりえるということがある。

タイトルに忌館とあるが、これは文庫化され後に付けられたもので、
最初に本が出された、講談社のノベルス版には付いていない。
僕は、そちらの最初の方は読んでいないので、今作を読むときに、
館という存在が、どれほどの強い意味合いを持つのだろうと思った。
家には、色んなものが住み着くと僕は思っている。
もちろん人もそうだが、動物であったり、思い出、あるいは呪い。
つまりは、想いが刻み込まれたり、まとわり付いたりするんだろう。
うん、漫画や小説の読みすぎだろうか。

最初この作品がホラーなのかミステリーなのかわからなくなると書いたが、
もう一つわからなくなることがある。
それは、どこまで現実でどこまでが虚像なのかということだ。
行き着くとこまで行ってしまうと、現実はあったのかとまで疑ってしまう。
しかも作者の体験談を基に書いてあるということなので、
本当の意味でどこまで本当でどこまでフィクションなのか。
そんなこと有りはしないだろうが、実はこの事件までも、
断片的だが、本当にあったことなのだろうかと錯覚までしてしまう。
怪奇・幻想という言葉がよく似合う物語だと思った。




2008年05月10日

『山魔の如き嗤うもの』 三津田信三

山魔の如き嗤うもの (ミステリー・リーグ) 山魔の如き嗤うもの

初めて、自分がバイトしていた本屋以外で、
本を予約して買いました。どこにも売ってない〜

シリーズ4作目。
インパクトでは1作目の『厭魅』が強かった。
ラスト間際の爆発的な引き込まれ方は前作の『首無』が凄かった。
でも、今回が個人的に一番面白かった。
民俗的要素のホラーは、若干弱めだったけど、
顔無し遺体、密室、童歌に見立てた殺人……
そしてタイトルにもある山魔という存在の謎。
がっちりと、がんじがらめに物語に心を乗っ取られた気分だった。

山魔といわれるとよくわからないけど、
物語中にあった山女朗という存在から、
「やまんば」のことでもあると思う。
何を隠そう、僕は子どもの頃怖いものベスト3に、
やまんばが入っていただろうくらい怖いものだった。
子ども心に紙芝居で見たやまんばのイメージが強烈だった。
忌み山の中で、ある人物が出会うこととなる人物。
山魔?、山女朗?、やまんば?、それともただの人?
ホラーとして迷い込んでいく物語が、
解決されたことは、僕にとって望ましく、カタルシスだった。

だけど、この物語は京極夏彦の紡ぐ物語のように
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
というわけにはいかず、常に不思議なことが付きまとってくる。
それこそ、物語中にもあった言葉の、
この世の全ての出来事を人間の理知だけで
解釈できると断じるのは、人としての驕りである。
ということが付きまとう。
僕も小さな頃から、無意識に似たようなことを思っていた。
いや、誰もがそんなことを思うんだろう。
だからお化けとか、妖怪、UFO、超能力などが話題になるんだと思う。
でも、実際にお目にかかれないから、どこか遠くのことと感じてしまう。
だからこそ、楽しめるということもあるんだけど。
ついでに、先ほどの言葉の続きとして
かといって安易に不可解な現象そのものを
受けいれてしまうのは、人として余りに情けない
だからこそ不可解な事件、ホラーを扱う
推理小説の主人公達が頼もしく見える。

シリーズ過去作品感想リンク
『厭魅の如き憑くもの』
『凶鳥の如き忌むもの』
『首無の如き祟るもの』

2008年04月25日

『首無の如き祟るもの』 三津田信三

首無の如き祟るもの (ミステリー・リーグ)首無の如き祟るもの

2作目より、1作目の雰囲気に近いと感じた。
というより、1作目と2作目の間くらいで、ちょっと1作目寄り。
ミステリー+ホラーの醍醐味を十二分に楽しめた。

謎の「首無し」という存在に対する恐怖。
古き伝統の残る村の、民俗要素による恐怖。
その恐怖を取り除くための謎解きが、新たな謎を生み出してしまう。

また、この小説の構造が特殊で、
事件とほとんど関係のない人物の語りというより、手記で進んでいく。
そのために明らかになる、ラストの推理により、
このために、このような書き方にしたのかと、唸ってしまった。

人はやっぱり人を見分けるには顔で判断する。
指紋であったり、良く知る者同士なら、
それ以外でも判断できるだろうけど、
顔がなければ、首がなければ、わからない。
首無しの恐怖であったり、トリックは、効果的だった。
色々な意味で。

この本はシリーズ3作目だけど、主役不在?
途中で、間違いなく居たには居たのだけど。
最後の彼は……
最後まで、謎に満ちる不気味な話だった。


シリーズ過去作品感想リンク
『厭魅の如き憑くもの』
『凶鳥の如き忌むもの』

2008年03月26日

『凶鳥の如き忌むもの 』 三津田信三

凶鳥の如き忌むもの (講談社ノベルス) 凶鳥の如き忌むもの

刀城言耶シリーズ2作目、ようやくです。
首無しの…を買っていたけど、これを買ってなかったので、
ようやく読める。

前作の『厭魅の如き憑くもの』が、ホラー+ミステリーだった。
『厭魅の如き憑くもの』の感想)
近作も、まさにホラーとミステリーで、民俗学的でもあった。
前作と比べ、禍々しい印象は多少薄れて、
ホラーというより、ミステリー寄りだった。
どうにも、謎解きしているシーンばかり印象にある。

実は言うと、ホラーな禍々しい部分を期待して買ったのだけど、
ありきたりかもしれない謎だが、
密室からの人間消失という展開が、特殊な状況下だけに、
大きな謎として立ちはだかり、いい意味で悩ましてくれた。




2007年10月08日

『作者不詳  ミステリ作家の読む本』 三津田信三

作者不詳―ミステリ作家の読む本 (講談社ノベルス)作者不詳―ミステリ作家の読む本

ミステリー+ホラー=?
怪奇幻想? サスペンス? 
本の中に潜む謎は何なのか。

『迷宮草子』という作者不詳の、
短編7作が載っているミステリ同人誌。
それを読んだ主人公に怪奇が襲ってくるという話。

ほとんどのページを、その短編7作が締めていて、
どれもちょっと一筋縄でいかない、ミステリー。

読んでないのだけど、たぶん同作者の『ホラー作家の棲む家』が、
この前作にあたるのだと思う。
そこに、この主人公の友人の飛鳥信一郎という人物がいるなら、
またちょっと、この本の趣が変わってくるのだと思うけど、
それがわからないので、一般的なミステリーでなく、
怪奇幻想な話なのかなと感じた。

結局どうだったのかと、曖昧にぼかされて、
そもそも何だったのかと、読み終えて感じた。
最初から、最後まで、徹頭徹尾に謎だらけ。
それぞれ個々の内容には、答えが一応用意されてる。
でも、その一部は明確かどうかわからないが見えているのに、
全体像が見えてこない。
パズルが埋まらない。
大きな絵が、頭の中に描けなくて五里霧中になってしまう。
一言で言うなら、ミステリーとしか言いようがない。
でも、実のところミステリーといえる謎は、
『迷宮草子』の内容を除いたら、何一つないかもしれない。

この作者の本は『厭魅の如き憑くもの』を読んだことがあるが、
それと似たような、気分。
それじゃあ……今までのものは何だったのかと。



2006年12月08日

『厭魅の如き憑くもの』 三津田信三

厭魅の如き憑くもの 厭魅の如き憑くもの

“まがまがしい雰囲気”

表紙からして感じられるが、
おどろおどしい、ジメジメする、不気味など
怪しげな空気をかもし出すホラーミステリー。

恐らく昭和初期〜中期辺りの時代設定で、
怪しげな風習の残る閉鎖的な地域社会。
その集落は、囚われているとも読み取れる。
それだけでも怪しげな空気がプンプンなのだが、
作者が後に、「神の視点」とも例えた文章の部分が、
より一層、和風ホラーの真骨頂とも呼べるような
まがまがしい雰囲気を作り出している。
正直、かなり怖い。
そして、こういう文の作りかたは、かなりおもしろい。
上手いな〜って感じた。

ミステリーなので結末は出ている。
探偵の役割を果たす主人公が、謎を解く場面は
京極堂シリーズの憑き物落としを連想させるが、
本当に憑き物は落ちたのかどうかでさえ、定かでない。
謎解きの場面は、二転三転としているので
カタルシスに欠ける気がして、
それが一層不気味で、おどろおどしく感じる。
果たして、これが結末なのかという印象を受けた。
それだけ、まだ何かありそうと思わされる小説だった。
まさに、囚われているというイメージを受けた。



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