2007年08月24日

「チルドレン」

チルドレン チルドレン

伊坂幸太郎の小説『チルドレン』のwowwowのドラマ版。
約、2時間のドラマなので、そりゃ全部の内容を取り入れらはずもない。

チルドレンは、5つの短編集だけど、
全ての短編が連なった、一つの長編であるので、
内容が、少ないドラマ版は、少々物足りなくも感じるけれど、
とても、上手くやったな〜と素直に思える。
一つの物語として、とても満足。
それに、陣内役の大森南朋さんは、特に良かった。
わがままで、テキトーなんだけど、
実は色々考えていそうで、でもそうでもなさそうな、
よくわからないけど、かっこいい大人。
説教っぽくないけど、すごい胸に響く言葉を語る。
居酒屋の奇跡のセリフも良かったが、特に印象強かったのは、
そもそも、大人がかっこ良ければ、
子供はぐれねぇんだよ!
以前、このブログでも小説の『チルドレン』のことを書いたが
その時、短編の一つの「イン」をやってくれたら、
どうするか楽しみとなど、書いていたけど、
このドラマは、タイトル通り、
短編の一つ「チルドレン」を、映像化してある。

アダルトとチャイルド、もといチルドレン。
もう、僕はアダルト側なんだろうか。
いやいや、チルドレンなんだろう。
まだまだ、甘い。
教わることでいっぱいだ。
このドラマからも、何か受け取って、
アダルト側への一歩にできたらなと思う。
そうは思うが、やっぱり良いドラマは、楽しむのが一番。

2007年04月04日

「ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男」

ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男 通常盤ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男

幸せは退屈なんだ。

ブライアンが、そう呟いて、物語は締めくくられる。

幸せも退屈も、定義は人それぞれなんだろうけど、
ブライアン・ジョーンズという人物の一生は、
退屈などではなく、スリリングで波乱に満ちて、謎が残る。
だからこそ、60年代も知らず、
ブライアン・ジョーンズをリアルタイムで知らない僕が、
とても惹かれるのだろう。

そして、ローリング・ストーンズという
現代にも君臨する、ビッグバンドの元リーダーで
バンドの創立者、幾多の楽器を天才的に使いこなし、
スキャンダルにまみれた一生を送ったという伝説。
そう成りたいと憧れるが、成りたくはないという
矛盾な思いを、この映画を通してブライアンに持った。

一応、ストーンズのバンドメンバーの伝記的映画なので
ストーンズの音楽が、多く使われたりするんだろうって
思ったが、そうでもなかった。
でも音楽は、ストライプスが使われたり、
「NOT FADE AWAY」が印象的でなかなか良かった。

セックス・ドラッグ・ロックンロール。
まさに、この3つを前面に打ち出したような映画で、
これが、60年代だったんだろう。
ドラッグなんて言ったら、当時も禁止だったけど、
今なんかでは、もっと風当たりが強い。
僕個人としても、ドラッグ最悪、
という気持ちの持ち主なんだけど
あの時代で、ロックンローラーがやるなら、
そういうものなんだよなと、どこか関心してしまう気持ちもある。
自分にないものを持つカリスマに憧れる。
心のどこかで、嫌悪を抱えながらも。
だけど、その嫌悪を飲み込む光や闇を持つカリスマに。

だけど、この映画はカリスマの映画というより
ブライアン・ジョーンズという人間の映画だった。
そう、カリスマである前に人間なんだ。
そんなわかりきっていることを、簡単に忘れてしまう。
それが、一般の聴衆なんだろう。
だから、チャップマンのような人物が出てくるんだろう。
確かに、世の中には、多くの偉人がいる。
神様と呼ばれる人もいる。
だけど、彼らも人間なんだと改めて感じさせられた映画だった。

それに、神だって、酷いことをしたり、
自分勝手だったり、する話がいっぱいある。
夢や、希望を、生きがいを与えてくれさえすればそれでいい。
そして、願わくば平穏を。
僕にとって、平穏こそが幸せなんだ。
そう心から願っているのに、
眠りの中限定でも、波乱に満ちた人生を待つ自分がいたりする。
自分の本当の答えは、いまだにわからない。
だから、とりあえず今は、カリスマを待ち続けている。





2007年02月22日

「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズクレヨンしんちゃん 夕陽のカスカベボーイズ

調子に乗って、また借りてしまいました。
今日は、熱が下がったよ!!
と、普通が一番だなと感じるkakasiです。

前回見た、オトナ帝国が家族の話なら、
今回の映画は、友情に力が行っていた。

映画の世界に取り込まれてしまった、
しんちゃん達、かすかべ防衛隊(おお、懐かしい響きだ〜)
と、やっぱりしんちゃんファミリー。
その世界にいると、しだいに外の世界での記憶をなくしていく。
人々は、しだいに過去を忘れて、人が変わってしまう。
この辺りは、オトナ帝国の過去を懐かしがるというのと反対。
だけど、人々が変わってしまうということは共通している。
そんな中に、懐かしきNo Planの面々や、
あきらかに水野○男と思われる、マイクさんも。


どうやったら、この世界から抜け出せるかという
謎解きも、おもしろいけど、
やっぱり見所は、かすかべ防衛隊の友情。
しんちゃんのアニメらしく、パワフル、パワフルな
破天荒な行動も、戻っていてコドモの冒険だった。
僕が、昔テレビで見ていた頃は、
ぼーちゃんは、好きでも、嫌いでもないし、
わからない人物だったけど、こういうキャラだったんだと、
改めて知った、誰よりも大切にしてたんだな、
かすかべと友達を。

それにしても、かすかべ防衛隊の、
あの掛け声を上手く使ったな〜
そして、しんちゃんの恋の行方もセンチメンタルで、
ラストの対応は、単に、その場その場での感情で動いたか、
ムリして装ったかわからないけど、
こうやって一歩一歩、オトナへと歩いていくんだなって感じた。

2007年02月21日

「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 」

映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲

風邪もようやく微熱まで落ち着いてきたけど、
まだまだ油断はできないのかな。

そんなこんなで、風邪引いている間は
暇な時間、映画を観ていた。
あまり頭を使いたくないので、アニメでと安易な発想をし
物色していたら、このオトナ帝国に目を留め、借りてみた。

クレヨンしんちゃんは、子供のころずっと見ていたけど、
映画でいうと、ヘンダーランドの大冒険以来、
ほとんど見ていなかった。
僕のクレヨンしんちゃんの映画のイメージは、
とにかく「言いようのない怖さ」というものがあった。
ハイグレ魔王と、ヘンダーランドくらいしか、
あまり覚えていないけど、笑えたが、恐ろしかった。

今回観た、オトナ帝国も、子供の頃見たら
きっと怖かったんだと思う。
オトナ達が、いつも見慣れていた人たちが、両親が、
まるで別の人間のように見えてしまう。
それは、とても恐ろしいことだ。
もちろん、しんちゃんのアニメらしい、
ギャグがあり、笑いがある。
でも、オトナがオトナでない序盤は、とても怖かった。

この映画で、オトナとコドモの決定的な違いは
オトナには、懐かしむべき過去をコドモより
圧倒的に多く持っていることだと思った。
当時、なんでもないと思えることだって
時がたてば、慈しむべき思い出に変わる。
だから、ひろしの回想シーンはとてつもなく泣ける。

だけど、コドモはいつだって未来ばかりを見ている。
見てて、羨ましくなるくらいに。
そんな気持ちが、オトナの心を動かしていく。
僕らの知っている、しんのすけは、
呆れるくらい、大人ぶっていたり、揚げ足を取ったり
憎らしい一面もあるけど、とてつもなく純粋だ。
口は悪いけど、誰よりも家族を大切にしている。
そして、親だって、コドモを家族を大切にしている。
ドラえもんの映画と違うのは、
家族がメインになるということなのかもしれない。

高度成長期にあたる昭和のノスタルジー。
そんな懐かしい匂いの中で、物語は動いていく。
くそー!なんでこんなに懐かしいんだー!!!
と、ひろしは当時を懐かしみながらも、自分を取り戻し
オレは幸せだよ!
お前にも分けてやりたいくらいな!!!
と、今も大切にしていく。
全てにおいて、現代に失望しているわけではない。

しんのすけは、未来に向かう階段を
傷だらけになりながらも超高速で駆け上がる。
それは未来に生きるということは、幸せなことばかりでないし
傷を伴うこともあるとも感じたけど
それでも、しんのすけは、僕らのしんちゃんは語る。
大人になりたいから
オトナとコドモは、同じモノを見ていながら、
見ている世界が違うのかもしれない。
だから、オトナがコドモに教えるばかりでなく
オトナがコドモに教えられることだってあるんだと感じた。

クレヨンしんちゃんを、誰に進められるでもなく
自分から観ているという時点で、
僕も昔を懐かしがっていたんだろう。
でも、この映画は、そんなお手軽なものではない。
だからといって、決して昔を懐かしむことが
悪いことばかりと思わない。
振り返って、戒めになることもあるし、
こうやって、おもしろい映画を発掘することだってある。
過去は、懐かしく、居心地のいいものなのだ。
だから、時々帰りたくなる場所くらいで丁度良い。
あくまで、生きるのは現在でしかないのだから。

2007年01月16日

「イン・ザ・プール」

先週は、久しぶりにプールで泳いできた。
やっぱりプールは、すごい気持ちいい。

そしてブログの記事にするのを忘れていたけど
「イン・ザ・プール」をようやくDVDで観た。

本も以前読んだはずだけど、こっちも記事にするのを忘れていた。
水泳好きとしては、もっと気持ちよく泳ぐシーンを増やして欲しかった。
本だと、泳ぐ気持ち良さをスゴク感じた気がしたので。
まあ、映画だと時間の都合しかたないかな。
それに話のテーマともあまり関係ないし。

内容は、以前ドラマでやった「空中ブランコ」のように
本だと短編の話のいくつかまとめて、一つの長編にするような内容だった。
なかなかおもしろかった。
コミカルでノリがよく、怪しい伊良部医師を見てて楽しい。
あとはナースのマユミちゃんが、空中ブランコの解きくらい
もっとがんばってくれると良かったんだけど……
でも、上手くまとまっていて、ゆる〜く楽しめる映画だった。

2006年12月24日

「花よりもなほ」

花よりもなほ 通常版 花よりもなほ

男が男らしく生きると誰が決めたのか。
女が女らしく生きると誰が決めたのか。
では、武士が武士らしくと誰が決めたのか。
それは、時代だったんだろう。

父の仇討ちのため江戸へ出てきた主人公、青木宗左衛門。
だけど弱い。剣術はからきし。しかも臆病。
暮らす場所も、江戸といってもボロボロな長屋。
だけど、そんな場所が妙にしっくりきている。
長屋には個性的な人物が集まって、
その日その日の暮らしを、それぞれの生き方で。
弱者だからこその、毎日を送っている。
ちなみに俳優陣はかなり豪華で、芸人さんもいい味を出している。
みな、おもしろおかしくも、人生を一生懸命生きている。


「楽しい嘘をついてみたい」と監督が言っていた。
嘘に塗り固められたような物語だけど
暖かくて、人情味に溢れた話だった。
どうせつくなら、みんなが幸せになるような嘘がいい。
バカとはさみは使いようとは、言葉があるが
どんな人たちでも、何かしら役割があるのだ。
この主人公の武士は、仇討ちを、あることに変えてみせた。
やり方しだいで、クソをモチに変えることだってできる。

そういえば、この時期話題に挙がる
赤穂浪士たちもこの映画には出てきている。
彼らは、みごとに仇討ちによって花を咲かせた。
主人公の仇討ちは花よりもなお、意味のあるものになったんだろうか。
結局主人公は、仇討ち以外のものを選ぶことになるのだが、
親の仇討ちを、こうやってわりきることも難しい。

桜が散るのは来年も咲くことを知っているから、と言う言葉があったが、
またいつか咲くなんてことを、僕らはわからない。ただ信じるだけ。
目の前にある確かなことを追いかけるほうが楽だし、
この主人公には、目の前にある仇討ちこそ、武士らしい行為なんだろう。
だけど、きれいな桜を眺めて、その花が散った後に
また美しい桜を待ちながら、日々を生きていくことも
生き方の一つではあるなと思った。
臆病で弱いからこそ、見えてくるものもあるんだなと感じた。

がちがちに固められた、正しいとされる姿、生き方もそれは美しいが、
生きるための知恵を上手く使い、
一般的におよそ正しいとされないようなことをしても
多くの人が、幸せになれるならいいことかもしれない。

2006年11月23日

「スクラップ・ヘブン」

スクラップ・ヘブン スクラップ・ヘブン

加瀬亮×オダギリジョー×栗山千明。
魅力的な俳優陣に、とても考えさせられる物語。
想像力が足りないんだよ
その結果が何なのだっていうと、
結局、想像力が足りないってことに繋がっていく。
ある意味、やりたいだけやって後は、
後は見る人によって解釈してくれという映画だった。
君たちの想像力に任せるよって問いかけるような。

そんな深いメッセージが隠されているようだったけど、
僕は、そういうことと全然違うところがすごい、心に残った。
それは、オダギリ・ジョー演じるテツの親父とのやりとりだ。
大量のお菓子を抱えて、大喜びしながら病院を駆けるシーンは
思わず、顔がほころんだ。
彼らのいうクソみたいな世界での、唯一の光。
テツの世界が灰色になってしまう前の、温かいものだと思った。
それにしても、オダギリ・ジョーという役者は、
影があって、危なげで、儚そうで、たたずまいがカッコよかった。

2006年11月15日

「嫌われ松子の一生」

嫌われ松子の一生 通常版 嫌われ松子の一生

ただずっと帰る場所をさがしていたんだよね。
そうだよね、松子。


とことん不幸で波乱万丈な松子の人生。
だけど、彼女は幸せだった。
ホントにそうなのだろうか。いや、きっとそうだったんだろう。
そうじゃなければ、悲しすぎる。
とくにその死の理不尽さは、あまりに不条理だ。
この世界に、僕は怒りさえ覚えてしまう。

幸福と不幸など、一枚のコインのようだ。
手を伸ばせば、向こうがわに簡単に届くが、
決してその姿は、見ることができない。
そして、あまりにも簡単にひっくり返すことができる。
だからか、その定義は人の数ほど存在する。
松子が幸せだったというなら、僕は否定はしない。
こんなに悲しい人生を見せ付けられたとしても。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」なみの不幸なミュージカル風。
同じ不幸な話だが、松子はとことん明るく作られている。
演出、映像は、あきれるほどポップで明るく、強い色彩。
音楽も、松子の心情を描きだすのに一役を買っている。
どれもが、救いのない物語に光を刺し込ませている。
主演の中谷美紀さんは、元もすごく綺麗な人だが、
その演出や風景しだいで、とんでもなく美しく見えた。

まげてのばして、
一歩一歩、不器用すぎる足並で進んだ、松子の人生。
誰かに何かをしてあげた、それだけではない。
誰かに何かをしてもらったということも、わかっているだろうか?

かつて、父親は貴方をずっと待っていた。
妹は、最期の最期まで、貴方を信じていた。
かつての恋人は、ずっと死ぬまで貴方を思い続けている。
甥は、貴方の人生を、今辿っている。
1人ぼっちで死んでしまったけど、1人ぼっちじゃないってことを。

2006年11月12日

「アイデン&ティティ」

アイデン & ティティ アイデン & ティティ

誰もが持っている悩み、
誰もが持っている喜び、
誰もが持っているアイデンティティ。
そんなの上っ面だけで、本当はそんなに確かなものなど
誰もが、持っているわけではない。

誰かに指摘されるだけで、揺らぐ僕の気持ちなど
確かなものでは、ないのだろうか。
いや、そんなことない。
僕は、僕で、こうしてここにいる。


色々と揺さぶられました、映画「アイデン&ティティ」
だけど僕は、やっぱり峯田和伸ばかりに目がいってしまう。
ラストのライブシーンでギターをかき鳴らすところは
やっぱりかっこいいです。
ボーカル役が、中村獅童だったので、歌わないの?
って思ってしまったが、やはり歌ってます、叫んでます。

ただ、そのパフォーマンスは好きではない。
そこが、この映画を本気で好きになれたか、
なれなかったのかの境界線だったと思う。
僕は一歩引いてしまった。

ボブ・ディランは大好きです。
様々な彼の曲が流れるだけで、うれしくなる。
エンディングも、もちろん素晴らしかった。
NO DIRECTION HOMEなボブ・ディランが問いかける
「Like a Rolling stone」
人の価値観を否定はできない。
ただ、自分の価値観も否定はしない。
貫き続けること、それがディランのロックの精神なんだろうか?

主人公の峯田さん演じる、中島はアレで貫いたのだろうか。
いや、貫いたのだろう、自分らしく。
ロックミュージャンが、悪態をつくのは許容範囲。
だけど、普通の観客に罵詈雑言を浴びせるのが良いのだろうか?

峯田さんのバンドの曲はすごい好きだと思ったら、
なんだこれっていう曲が、僕にはけっこうある。
この映画もすごい好きだと思ったら、なんだれだった。
ただ、やっぱり嫌いには、なりきれないけど。

2006年11月06日

「秋日和」

まだまだ昼間は暖かいです。秋日和で、いいのかな?
ジュビロはそんな天気にあわせたのか、まったりとした試合だったようで、
PKって!?
ともかく勝ってくれて一安心。
前監督の口癖だった、次に繋がるとなってくれればいいのだけど。

そんな、こんなで昨日は、前日酔っ払いだったということもあり
夕飯時に出かけた以外、部屋に引きこもり。
秋日和を観賞です。
でもやべっちFCを観ながら書いてたら、
月曜日になってしまい、おとといです。観たのは。

小津安二郎の作品は「お早う」「東京物語」に続いて3作目。
なんとなく、世界観はつかめて来た。
俳優さんも同じ人たちが多くでているし、
前に見た2作と雰囲気は似ている。
ただ、今作はちょっと違ったイメージを。

映画に出てくる3人のおじさんが、僕は好きでないのだ。
おせっかいならまだいいが、うっとおしいのだ。
親もそうだが、親戚もある意味、親切心なのか、それとも興味本位なのか
けっこう僕にも、この映画に出てくるようなことを言ってくる。
あまり親戚が集まるということがなかったが、
最近、もろもろの事情で法事が出来始め、
けっこう実家に親戚一同が集まることが出来てきた。
その空気感なのだ。
これが、なかなかに苦痛だったりする。
ただ、3人の会話は、なかなかにおもしろかったりする。

夫を亡くした妻にその娘、
娘に結婚させたい、その母にも再婚させたい。
親切心もあるだろうが、正直おじさんたちのエゴだったりもする。
というか、映画を見てるとそんなイメージばかりが浮かぶ。
古い映画なので、時代的に周囲の人が結婚を進めて動くというのも
珍しくない時代だったのかもしれないが、
ちょっとズレてるが、なんとか現代っ子の僕には、難しいところだ。

そこへ登場するのが威勢のいい娘の友達なんだけど
これがなかなか僕にはヒットだった。
岡田茉莉子という女優さんらしい。
主役は娘やその母なのだろうけど、この女性が良い。

正直言って、前の2作の方が好きだったりするけど
この実は母親の気持ちを描いた映画は、
考えさせられることが多くあり、いい映画だった。

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2006年11月01日

「竜馬の妻とその夫と愛人」

竜馬の妻とその夫と愛人 竜馬の妻とその夫と愛人

タイトルからしてややこしいが、内容としてもややこしいコメディ。
龍馬の妻だったおりょうと、再婚した亭主松兵衛、
役人でかつての竜馬の部下・覚兵衛。
竜馬に似た愛人の虎蔵がドタバタやっている。

それなのになぜか、感動してしまった。
と、昔見たとき思ったはずだった。
『竜馬がゆく』を読み終わったので、
また久しぶりに観たくなりレンタルしてきた。
「新選組!」でも龍馬を描いた三谷幸喜の脚本です。

おりょうは鈴木京香、松兵衛はとんねるずの木梨憲武。
覚兵衛には中井貴一、竜馬に似た男に江口洋介。
めちゃめちゃ豪華、どれも主演を張れる。
そういえば大河で、江口さんは竜馬のニセモノから本物に格上げしてる。
ラストではあんなに情けない竜馬だったのに、
前半のカッコイイ偽者ぶりが三谷さんを動かしたのかな。
4人とも人間臭く、素晴らしい演技だった。
すでに死亡している竜馬には、トータス松本が演じている。
オレ生きてっから!
アイツ死んじまってるけどオレ生きてるから!
そうだ、以前の僕は木梨憲武が見たくて借りたのだ。
見始めて、すぐ思い出した。
松兵衛という貧乏で、情けなく、気弱でダメな男を演じているのだが
愛嬌がある、素朴さがある、笑顔がある。
そしてこのセリフに僕はすごい感動したんだ。
情けないことに、なかなか思い出せなかった。

自分は竜馬ではないし、ほとんど竜馬にはかなわない。
しかし、死んでしまったら支えられない。
心底おりょうを好きだから、重荷だったら軽くなる。
生きている限り、待ち続ける。
死んでいる人に何ができるのだろう。
生きてるってことは、それだけで素晴らしいことなのかもしれない。

そして新たな竜馬の死亡説がラストに出てくるわけだが、
ちょこっと笑えてしまう。
回想のトータス、ピクピクしてるし。
でも、やっぱり松兵衛も竜馬が嫌いじゃないんだなって。
みんな竜馬が好きで、僕も竜馬が好きなんだって最後は思った。
結局のところ、タイトルから連想するのだって坂本竜馬だし。

2006年10月21日

「まだまだあぶない刑事」

まだまだあぶない刑事 デラックス まだまだあぶない刑事

どこのブログサーチにも記事内容が届かなくなって3、4ヶ月。
すっかり、新しく訪れてくれる人もいなくなったブログです。
なんででしょうね?

そんなこんなで、久しぶりに金曜のバイトがなかったので
テレビを見まくっていたkakasiです。
Mステとか久しぶりに見れました。
わ〜れタリホー!

映画の予告で、おもしろそうだなと気になってはいたが、
このシリーズ一本も見たことがないので見なかった
まだまだあぶない刑事を見た。
本来なら長澤まさみに走るのだけど、一話目見れなかったので、
ロードショーは大量に話が削られるので、見ない人なんだけど
去年やったばかりの新しい映画なので、見てしまった。
ってか、もう来週はデスノート!?

舘ひろし 浅野温子 仲村トオル 柴田恭兵。
渋い、コミカル、浅野温子ってこんなキャラできる人だったんだ
と、初見の僕には、驚きでいっぱい。

タカとユージの掛け合いが、クールでかっこいい。
コミカルでもあり、古き良きハードボイルドというイメージ。
まあ、ハードボイルドってどんなことか、わかっていませんが。

おいおい!と突っ込みたくなる演出が多く、
ちょっとムリあるだろと思うけど、
映画として、わかりやすくてけっこう好感が持てた。
よく言えば、王道。
わるく言えばありきたりだけど、
タカとユージがかっこよかったので許せる。
トオルも、愛さすべきキャラ。
僕くらいの年齢ならば、佐藤隆太とかに目がいくはずだが
シリーズ常連のメンバーばかりに目がいく。
やっぱり、愛されてるなと感じる。

こういうものならば、昔の作品も見てみたいと思える映画だった。

2006年10月16日

「ボウリング・フォー・コロンバイン」

ボウリング・フォー・コロンバイン ボウリング・フォー・コロンバイン

本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ
伊坂幸太郎『重力ピエロ』


一見、完全にコメディだけど、実はすごいシリアス。
だけど、これはコメディ・ドキュメント映画。
監督のマイケル・ムーアは、
アメリカの悲惨な出来事をコメディ映画として世の中に知らしめた。
タイトルからもわかる人がいるだろうけど、
アメリカのコロンバイン事件を始め、様々なことを採りあげている。

だけど、映画を見た人ならわかると思うが、
アメリカをバカにしていても、
アメリカという社会に犠牲になった人のことは
決して笑い飛ばしてなんかいない。
シリアスにいくべきところは理解している。
だからこそ陽気に、悲劇的なアメリカの現実を映し出している。
そして僕らは、陽気にはこの映画を見られない。

こういう映画を見ると、日本に住んでてよかったと思うけど、
うかうかしていられない。
どんどん日本はアメリカに近づいていく気がする。
テレビ番組のCMであったけど、日本が向かうのは
美しい国なのか、それとも危険な国なのか。

恥ずかしながら、政には疎いのだけど、
20も超えれば、少しは関心が出てくる。
正直、今の某総理の政策は、個人的にいかがなものかと。
まあ、またそれはまた別の話で。

ものすごく、考えさせられる映画だった。
アメリカのお偉い人たちは絶対見ておくべき。

受け取る側は、それぞれのものを受け取るだろうが、
これを見て、何も感じない人はいないだろう。
しかし、それでも何の対策もしないし
自分のエゴを満たすようなことしかできない人がいるんだろう。
国のためといって、国民のことを考えない人がでるんだろう。
そんな人たちが、この映画から見える国にしていったのではないか。
答えはわからない、だから考えるんだ。
疑問なら山ほどある。
マイケル・ムーアは、そこへ真っ向からぶつかって行った。
彼の行動力は、すごい。エネルギーが伝わってきた。

コロンバイン事件を起こす影響を与えたと
糾弾されたマリリン・マンソンが、
コロンンバインの事件の被害者と会えたらどうすると聞かれると
何もせず、黙って話を聞くと答えたことが印象深かった。




2006年10月14日

「グッバイ、レーニン!」

グッバイ、レーニン! グッバイ、レーニン!
ベルリンの壁は崩壊した。
だけど僕は母を守る壁を作ろうとした!
グッバイ、レーニン。つまるところサヨナラ、社会主義。
コメディっぽいけど、大真面目。

東ドイツに住むある家族。
父に西ドイツに亡命され、
それ以降徹底的な社会主義、愛国心を持つようになった母。
だが、ベルリンの壁が崩れ去る前に母は倒れてしまう。
目覚めた時は、すでに壁はなくなっていた。
信じていたものが消えてしまった。
東ドイツは変わってしまった。

ドイツは変化した。
目まぐるしく全てが変わっていく。
そんな時代の流れに逆らうかのように
主人公のアレックスは、母を守るため奔走する。
彼はもしかしたら、最後まで東ドイツを夢見ていたのかもしれない。
母の代わりに、短い間だが夢を見ていたのかもしれない。

こういう風に書くと、政治的な映画だと思われるかもしれないが、
まぎれもない家族の映画だった。
ウソだったかもしれないが、それは、誇れるものだったと思う。
周囲の人物たちも、サポートをしてくれる。
だが、その胸中はどうだっただろう?

主人公の恋人のララは、本当のことを言うべきだと言う。
姉は、もうこんな芝居はたくさんだと文句を言う。
真実を告げるか、隠し通すか。
両方とも善意からくるものだから、難しい。
だけど、いつかは決断しなければならないし、
いつかは、別れがきてしまう。人の思いや、国にだって。
だけど、受け継ごうと思えばできるのだ。
この主人公がしてきたことのように。
大切なのは、覚悟なんだと感じた。


それにしても主人公の友人とイェーンはおいしい役だな。

2006年09月28日

「ポビーとディンガン」

ポビーとディンガン ポビーとディンガン

小さい頃の僕といったら、暇さえあれば空想の中に身をおいていた。
今じゃ、そんな世界もあったなと懐かしく思うくらいで、
毎日慌ただしく、暇があっても何か別のことに夢中で
空想の世界は、現われることなどほとんどない。

この映画に出てくる少女は、その空想が現実世界にまで及んでいる。
ポビーとディンガン。
2人は空想の住人だが、少女ケリーアンの友人だ。
その2人が急に消えてしまった。
少女の願いのため、家族は力を貸すがそれが思わぬ展開を迎えてしまう。

寓話なんだけど、このように空想の友達を作ることは
世界中の子どもたちに、実際あることらしい。
だから、もしかしたらこの映画で
懐かしい思いをする人もいるかもしれない。

信じること、夢をみること。
そばにいた時も、いなくなった後でも分かち合ったもの。
それは本物になる。それは永遠になる。

僕らが信じられなくなったものを、子どもは綺麗に守っている。
目に見えないものをポビーとディンガンを必死に探す
少女の兄アシュモルのやさしさが、暖かかった。

最後は出来すぎな展開だが、そんな奇跡の話がとても僕は好き。
小さな奇跡だが、とっても優しさに溢れている。
ポビーとディンガンを見かけた人はいませんか?

目に見えないものを信じることは、難しいことだけど
誰かのために、一緒に信じて探してあげること。少女の思いに答えること。
見終わったら、優しい気持ちになれる映画だった。


2006年09月25日

「らせん」

ただずっと答えを探したり
形無き自由を手にしたり
混沌の世代に 僕らは生まれたんだし

song by rough laugh
「誰がために鐘は鳴る」らせん主題歌
そういえば、このドラマは、ノストラダムスとMMRにドキドキしていた
混沌の世代の1999年だったんですね。
まあでも、1999年なんて人類の歴史全体から見れば
そう混沌としていたわけでもなく
いつの時代だって、混沌としているだと感じます。

僕にも、ジョン・レノンを神と崇めたり、UFOの存在を信じたり
呪いのビデオを多少信じていた、幼稚な価値観を持っていた頃に
やっていたドラマ「らせん」を改めて見終わり
二週間「リング〜らせん」と貞子とずっと対峙していたkakasiです。
まあ、UFOとかも存在するほうが、世の中おもしろいので
それはそれで歓迎していますがね。
あるなら出て来いと言いたいけど、ホントに出てきたらビビリます。

結論から言うと、怖かったです、こっちは。
特に中盤辺りの貞子は、恐ろしいほどでした。

逆に後半は貞子の怖さがすっかりと衰え、
田辺誠一らを始めとする人間の頭の恐ろしさに身震いした。
ミルグラムのアイヒマン実験でさえも、倫理どうのこうのの前に
こんなこと考えた人の人格を疑う僕からすれば、
映画の「es」でも知られる、
スタンフォード監獄まで持ち込まれたら、たまらないわけで……
権威への服従、状況の力の支配は、貞子に匹敵するくらい恐ろしい。

ただ、このシリーズは貞子あってのものなので、
正直要らない要素だとも思う。
伝えたいことは、すごく良くわかるのだけど。

恐ろしいで言えば、看守が正体を現した時の田辺さんの表情。
あれは、すんごかった…
権威や状況より、個人のパーソナリティーってものが、
やはり、影響を与えるのではないかと思えるほどに。

ドラマの内容で言うと、ホラーだったけどミステリーだった。
リングもそうだったけど、よりその傾向が強い。
そして主役の岸谷五郎は、学校の先生なのに
名探偵顔負けの推理を見せる。
貴方は凄すぎです、としか答えようが無い。
そのせいか、リアリティが薄かった。
あっさり難問を解いていくし、人間的にも出来すぎている。
その純粋さと、意思の強さ、そして人間的な弱さまでと
みんなに好かれるヒーロー要素を兼ね揃え、
最後までヒーローだった。
もちろん彼の行動で感動は覚えたけど、
なぜなのか?という考えは拭えない。

最終的に僕が思ったことは、やっぱ倫理的なこと。
ホラーを期待して見たのに、なぜこんなこと思うんだろう?
貞子だって、良いように使われ続けただけだし、
今じゃ完璧な児童虐待、いや人間への虐待も扱い、
科学の進歩のために、犠牲をいとわないという人も出てくる。

天然痘のワクチンを作るため、
多くの子どもへ、人体実験をしたという話はさらにイライラさせられる。
しかし、そのおかげで多くの人が助かったことは事実。
歴史だって人だって、過去に犠牲を払った代償で生きている。
今更、可哀相だからと全てなかったことになんかできない。
そうしないと、仕方ないから。
そんなことをしてきた人たちが嫌い。
でも仕方ないで片付けようとする、そんな自分が大嫌い。

人間のエゴが強く打ち出されたドラマだと思った。
そんな中での主人公の決断は、
一筋の希望の光を差し込めるものだったんだと感じた。

「リング 最終章」

ドラマ版のリングを全話見ました。
リアルタイムのテレビで見た以来だったけど、
案外覚えているものですね。

ちょっと前に映画版のリングを見て、すごい怖かったので
その辺りを期待して見たのだけど、拍子抜けするくらい怖くなかった。
当時は、ちびりそうなくらい怖かったのに。
僕も、ちょこっとくらい大人になったということか、
それとも、こういうホラーになれすぎたせいか。
やっぱり慣れすぎたせいだろうか。
もう、ベターな展開でこうくるだろって予想立ててしまえる。
くりぃむしちゅーのやっている、ベタドラマ見てるようだった。

とはいえ、話には引き込まれる。
貞子に引き込まれたくはないけど、
こういう引き込まれ方なら、大歓迎。
まあ、木村多江さんの貞子なら大歓迎ですけど。
当時は、木村さんをまったく知らなかったけど、
もう大好きな今の自分としては、そこが恐怖を感じられない
一番の原因だと。

逆に、昔見てた頃好きだった、新聞記者演じる京野ことみが、
もう、自分勝手過ぎて、今回は好きになれなかった。
見てて、イライラするくらい。
他のキャラもみんな身勝手で、自分のことしか考えていないようで
ホントに、なんで当時はこう感じなかったのだろうと思う。

ただ、それも人間だから仕方ないと感じた。
基本的にドラマはホラーでなく、
人間ドラマというイメージがすごく強かった。
ドロドロしてたり、一途なほど強い愛情があったり。

そういえば、この後色々活躍する矢田亜希子も出ていた。
彼女と、長瀬智也演じる高山竜司のカラミが一番好き。
主人公の浅川と子どもの関係も、人間臭く思えるけど
やっぱり、この二人がいたから、
またドラマを最後まで見続けられたのだと思う。
しかし、最近見てた、マイ・ボス・マイ・ヒーローの彼を思うと
もの足りない気もしないでもなかったんだけど。
昔は、こういう役が多かったんだろうか。
話は逸れると、マイ・ボスは、今年個人的一番のヒットドラマ。
まあ、片手で数えられるくらいしかドラマ見てないけど、今年。
ああ、そういえばリングの主演は柳葉さんだった。
しかしここまで、まったく触れていなかったな。

話は戻り、リングですが、憎しみも愛情も紙一重。
そういう印象を僕は、このドラマで受けた。
愛情が憎しみを超えて、ラストを迎えたわけだけど。
果たして、そうなのかと匂わせたようにビデオが動き出した。

まあ、これは次のドラマの「らせん」の影響もあってだろうか?
このドラマおもしろいか、おもしろくないかで言ったら、
微妙なとこなんだけど。
まあ、僕はドラマの「らせん」が見たくて、
すご〜く長いけど、その予習のためにコレを見てるわけで。
映画や小説と比べると、中途半端な感じだった。


2006年09月23日

「東京物語」

東京物語  東京物語

哀愁。
まさに、そんな一言が浮かぶ。
小津安二郎、「東京物語」を初見。

東京へと息子や孫を見に出て来た老夫婦。
しかし、孫は愛想なく、子どもたちも昔と違ってしまっている。
さらには、自分たちは邪魔者のように扱われる。
まあ、実際そのように扱われているわけではないが、
そんな様子は、誰だって気づくだろう。

そして東京から帰ってまもなく、その夫婦の老婆が死んでしまう。
なんというか、周りの冷たい空気。
実の家族たちも今の生活を優先して、
悲しみはするが、あっさりと引き下がる。
だけど、家族でもないのに誰よりもその老夫婦に優しくした
老夫婦のすでに死亡した、子どもの未亡人だけが最後まで心配をする。

ものすごい人間ドラマ。
静かで、ゆったりして、消え入りそうなほど淡々とした人間ドラマ。
ありきたりで、想像できそうな日本の家族や社会を描いているのに
もう、今の世の中にはないような気がする。
だけど、間違いなく少しでも、見栄えが変わってとして残っているはず。
消えているようで、残っているそんな気がした。

最近そういう古き良き日本の映画が良く出るが
これは、そんな古き良きってものじゃない。
一種の社会への反抗のようなものさえ感じる。

最後まで、そんなものじゃないと言いたいけど
実際そういう風になってしまうのじゃないかと感じてしまう。
もちろん、自分だって。
いつか自分もそういう風に、
他人より自分の生活を最優先して生きていくだろうと語った未亡人と
煙を吹き通り過ぎる船が、最後まで哀愁を誘った。

名作と名高い映画だったけど、
確かに、見といて損はない。
名画っていう雰囲気の、素晴らしい映画だった。

2006年09月11日

「レオン 完全版」

レオン 完全版 レオン 完全版

渋いけど、甘いですね。激甘です。
殺し屋としては失格。
でも、男としては間違いなんかじゃなかった。
そう思いたい。

殺し屋のレオンを演じるジャン・レノ。
家族を殺された少女マチルダ演じるナタリー・ポートマン。
やっぱりいっちゃってる、ゲイリー・オールドマン。
すごい豪華だ。
初めてこの映画見たときは、そんなことわからなかったけど
今は、そう思う。
特にナタリーは、すごい出世したものだ。
でも、やっぱりこの頃は、すごい可愛い。
「最高の友さ、無口なのがいい。
 俺と同じで――根がない」
「大地に植えれば根を張るわ」

レオンの大切にしている観葉植物に関して、こんなやりとりがあった。
太陽に向かって、背伸びをする向日葵のように、
明るい世界に根を張ることは出来ないかもしれないけど、それでもね…
僕が去年の冬に買った観葉植物は、今年の夏枯れてしまった。
大地に根ざすことはなく。

普段力強く生きていても、生命力というものは、
少しでも油断やハプニングがあると、
あっけなくも、消えていってしまう。
そんなことを思った。

実は完全版を見たのは、今回が初めて。
少し心の心境が深く書かれてるかなと感じた。
細かい違いは、通常版見てから何年もたったので覚えてないけど……

劇中のビョークの「少年ヴィーナス」は、やはり素晴らしい。
そしてスティングの名曲も、相変わらず素晴らしい。
通常版見たとき、ポリスやスティングのレコードを
すごい聞いたことを思い出した。
オレのハートはこんな形じゃない

レオンの本当の心も、金のため殺しをするだけのようなものじゃない
そうだろう?
きっと彼の心は、そんなものじゃないだろう。

2006年09月10日

「下妻物語」

下妻物語 スタンダード・エディション 下妻物語
行くぜ! どこでも行ってやるぜ!
はっきりいって、めちゃくちゃだった。
全てがめちゃくちゃで、めちゃくちゃおもしろかった。
ロリータとヤンキーの女、二人の友情物語だった。
それが、下妻物語!!!

ありきたりの、普通の友情ではない。
だけど、冒頭に書いたようなセリフが出せる関係なんて、そうそうない。
こんな映画だけど、実は名言のオンパレード。
だけど、僕はこの言葉が一番印象に残った。
ベタベタとした女の友情じゃない、
ある意味、男同士の友情のようにも思えた。

深田恭子演じるロリータの桃子と
土屋アンナ演じるヤンキーのイチゴ。
一見正反対だけど、芯にあるものは非常に似ている。スゴク強い。
決してどんな周りの仕打ちにも負けない。
だからこそ
二人なら、負ける気がしねぇ
こんな二人が揃ったら負ける気なんてしないだろう。
すごく心強い。だけど決して依存はしていない。
でも、本当にお互い困っている時は、絶対見捨てたりしない。
これからも、つかず離れず、
一人だけど、決して独りぼっちじゃない。
そんな二人でいるんだろうなと思った。