2010年01月09日

『宵山万華鏡』森見登美彦 

宵山万華鏡 宵山万華鏡


非常に不思議な物語集。
色々な謎が解けたような解けないような不思議で面白い話だった。
京都の祇園祭を様々な視点で描く万華鏡を覗くような話。
馬鹿馬鹿しさと恐ろしさと面白さが混じり合う怪奇譚で、
森見さんの今までの作品をぶち込んで、かき混ぜたような作品だった。

お祭りの醍醐味のきらびやかさと、
一歩道を外した場面で見られるおどろおどしさ。
2つが上手く混じり合っていて、祭りの表裏を表しているかのよう。
まさにお祭り騒ぎな物語から、
摩訶不思議な現象がおこる恐ろしい物語まで6つの物語をつなぐ
宵山の祇園祭は、本当に各物語、各登場人物ごとに顔が変わっていく。
それは、本当に万華鏡のようなもので、楽しみ方は多種多様。
この本の中での各物語ごとのリンクする部分や、
森見さんの過去作品とのリンクする部分もあり、
そういうところも楽しめるのが、またうれしい。


posted by kakasi at 21:30 | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月09日

『美女と竹林』 森見登美彦

美女と竹林  美女と竹林

森見氏が、変な汁を垂れ流しながら書いているのが妄想できてしまう。
おかしなという表現では、表しがたいほどの変なエッセイのようで、
得意なホラ話のようで、それでいて真実は語っているような、
わけのわからないものと仕上がってます。

中身は竹を切る話です。いやホントに。
じゃあ、美女はどこだ?
黒髪の乙女こと、本上まなみさんの登場では美女登場だが、
全体的に美女はどこに?
やっちゃった感がただよう、森見氏の栄光と苦悩と妄想と勘違いと竹を切る話。
グダグダしているが、思わず笑ってしまうそんな内容。
終盤の森見登美彦(MBC最高経営責任者)今、すべてを語る
まで入るともう、ギャグとしか思えなくなり、
本当に竹を切ったのかさえも疑ってしまう。
まあ、実際切ったんだろうけど……

まともに書けば、こじんまりとした内容なのだけど、
森美氏お得意の、妄想力と、自由気ままな筆さばきで、
ここまで、おかしすぎる話となっているのは、すごいことだと思う。
それにしても、竹林というものもいいもんですね。



posted by kakasi at 00:47 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

『有頂天家族』 森見登美彦

有頂天家族 ="有頂天家族

ぽんぽこ?とジブリ映画を思い出させられてしまう。
それもそのはず、だってこれは狸の話。

それにしても森見さんにの作品の大体に当てはまるのだけど、
今回の作品も、思うことがある。
それは、真面目にふざけているということ。
登場人物に狸が多いのだから、なおさら思ってしまった。

ほんわかとして、ふざけている話なんだけど、
けっこうエグイ部分もある。
自然の摂理ってつらい、人間(動物)関係ってつらい。
それでも、
面白きことは良きことなり!
そんな精神は、森見さんの精神なんじゃないかと思える。
文体から真面目な感じがひしひしと受けるのだけど、
どこかふざけている気がする。
おもしろくしてやろうってイメージがある。

狸と天狗と人間。
それが、この小説の登場キャラクター。
三つ巴の化かし合い合戦。
ちょっぴり泣けて、いっぱい笑える。
そしてやっぱり森見さんらしく最後は、大暴走。
狸の世界のホームドラマだけど、
普通の人間のドラマと同じくらいのものに感じられた。


posted by kakasi at 23:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

『四畳半神話大系』 森見登美彦

四畳半神話大系 四畳半神話大系

一言でいうとゲームだ。
ゲームの世界にはifがある。
主人公の選択肢で物語は、いくつもに移ろいゆく。
そんなこといったら、人生だって同じじゃないかと思うが、
そのifの可能性を、一つの章として物語を成立させていることに
この本のゲーム性を感じた。

だが、いくつもの選択肢があっても、
どこへ行っても、切っては切れない腐れ縁。
いや、赤い糸。いやいや黒い糸。
そんな運命と呼べる縁が、この世にあるのかもしれない。
数限りない可能性の世界があっても、必ずそれは存在しているという。
そんなものが、この物語の主人公にも存在している。

四畳半に住む主人公の、どこまでも広がる四畳半分の神話。
その神話は、主人公のためのもので、
ある意味、神は主人公自身。
話としては、『太陽の塔』『夜は短し恋せよ乙女』系列。
理系っぽく、冷静、頭脳明晰(自称)なのだが、
その行動力と、妄想力の力でグイグイと引っ張ってくれる。
森見さんの、他の作品に出てくる人物や、名称も、
たくさん出てくるので、その点でもおもしろい。
そんな京都を舞台にした、四畳半に住まう主人公のためのお話。
posted by kakasi at 11:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月18日

『新釈 走れメロス 他四篇』 森見登美彦

新釈 走れメロス 他四篇新釈 走れメロス 他四篇

○読んだことのある作品
△あらすじくらいは知っている作品
×ほぼ知らない作品


○『三月記』中島敦
×『藪の中』芥川龍之介
○『走れメロス』太宰治
△『桜の森の満開の下』坂口安吾
×『百物語』森鴎外

これらの作品を森見さんらしく、
現代の京都を舞台にリメイクしたのが今作品。
リメイクというより、もはやパロディともいえなくもないが
知っている作品の新釈では、
やはり原作を下敷きにしていると感じられた。
というか、そうでないと新釈ではないのだけど。
でも、知らない作品でも、とても楽しめた。

どれも有名作家の原作のあるもので、
上記の原作の、さらに原典もあるものも存在しているのだけど、
それらを、まさに自分色に染めたといえるような話だった。
『太陽の塔』『夜は短し歩けよ乙女』のような暴走話もあれば
『きつねのはなし』のような幻想的で怪異な話もあり、
バラエティに富んだ作品集。
それぞれの短編に出てくる人物が、他の短編にも出てきたり、
森見さんが、過去に出した作品に関連する記述もあったりして、
森見登美彦の小宇宙体系といえるような作品だった。
posted by kakasi at 14:50 | Comment(4) | TrackBack(4) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月25日

『太陽の塔』 森見登美彦

太陽の塔 太陽の塔

昨日久々に、ジュビロショップに行ったのですが、
休みのうえに、建物に貼ってある一番でかい選手写真は福西でした……
やっぱりなかなか、立ち直れない……
ああー!もうあのフロント陣が!
いまだに福西ショックを引きずるkakasiです、こんばんは。

奇遇なことに、この本の主人公も、元カノのことを引きずっている。
主人公曰く、そんなことはないとのことだけど
見てるこっち側から見れば、まったく割り切れてない気もするのだが。

系統としては、この作者の最新刊『夜は短し歩けよ乙女』と似ている。
まあ、個人的には、夜は短しの方が好きですが、
今回もなかなかオモチロク、
冴えない男の純情と妄想ぶりが笑かせてくれる。
まったくもって、愉快で喜劇的で舞台なんかにしても楽しそうな
ドタバタ振りだった。

ええじゃないか、ええじゃないかそんなこと。
いや、どうでもええわけがあるわけものか。
女性だって、男性だって、失恋がどうでもいいわけがない。
笑い飛ばすだけではやり切れない、苦々しい思いで。
甘い時だってあったけど、別れの後は、どうしても切ない。
路地裏を一人ぼっちで歩くような、哀愁も漂う話でもあった。


そうだよね、まだこれからだったんだよね。
残された者は、頭でわかっていても、やり切れないんだよね。
なあ、福西さん。
明日はどっちだ……
posted by kakasi at 23:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

『夜は短し歩けよ乙女』 森見登美彦

夜は短し歩けよ乙女 夜は短し歩けよ乙女

愉快痛快、抱腹絶倒、なんだか不思議な恋愛小説、
現実と妄想を爆走、ロマンチック・エンジンフル稼働!
とでも語りましょうか。
いや〜純粋におもしろかった!
同作者の『きつねのはなし』のような世界観も好きだけど、
こんなドリームワールドも大歓迎だ。

物語自体も、それはそれは見事なものでおもしろかったけど
主人公の男がおもしろすぎる。
なんだ、コイツは。
いや、彼に言わせれば主役は「黒髪の乙女」なんだろう。
路傍の石ころで、万年床だと自ら語る男だが、
いやはや、なんという御都合主義。
一歩間違えば、たんなる恋愛ジャンキーのストーカーまがいなのだが、
彼に溢れんばかりの拍手と声援を称えたい。

簡単に物語を語れば、この男が黒髪の乙女に恋をして
なんとか彼女の気を惹こうとやっきになる話。
だけど、彼女はまったくそんな気持ちなどわかるはずもなく
我が道を行くというような、愛されるべき天然キャラ。

男なら彼の気持ちはわからないわけではない。
四章での彼の想いは、僕には痛いほどわかる。
恋愛感情って、ホントによくわからなくなる。
気持ちはすれ違うし、一方通行だったりするし
時に、この気持ちが本当なのかさえわからなくなる。
だけど、やっぱりこの人が好きだって、確信する、理屈なんかない。
そんな瞬間、瞬間の、彼の愛へ向かっての冒険譚。
お見事ととでも言っておきましょう。

PS
この話の四章が、風邪を引くとう話だからかどうか
今日は、朝起きて大掃除でもしようかと考えていたけど
起きてみたら、体がだるく微熱ですが、風邪を引いてしまった。
ああ、「ひとりある身はなんとせう!」
posted by kakasi at 14:31 | Comment(8) | TrackBack(6) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

『きつねのはなし』 森見登美彦

きつねのはなし きつねのはなし

子どもの頃、夕暮れ時の道にできる影が
何か、恐ろしいモノに見えて、駆け抜けてその場を抜けたことがある。
あたりが静まり返りった夜、あまり車が通らない暗闇のトンネルの中に
怪異が潜んでいる気がしたことがある。
ポタリと落ちる、雨の雫がひどく不気味に思えたことがある。

誰もが気のせいだよといって、相手にもしてくれないようなだけど
僕はひどく不安になって、どうか何も起こりませんようにと願うが
心の奥底では、何かが起こって欲しいと矛盾した思い抱えていた。

そんな思いは今でも同じで、僕は幻想を抱えて生きている。
この『きつねのはなし』に、
そんな遠い日の記憶を呼び起こせさられた気がした。
誰も何もその怪異を教えてくれないし、
本当に、そんなことがあったのかどうかと不安になる。
まさに、狐につつまれるような奇譚集だった。
薄闇の古都でみた悪い夢。
目覚めても夢の続きにいるような。
狐に化かされたような不思議な感覚だった。
それぞれの章が、どう繋がっているのか、
それともまったく繋がっていないのか、
舞台は同じようだが、実際は同じながら、どこか別の場所かもしれない。
古都、京都という舞台も、何か怪異が潜んでいる気がしてくる。

どの短編でも、若者が主人公だ。
子どもにしか妖怪は、見ることができないというが
このはなしでは、若者にしか感じることが
できない何かが潜んでいる気さえ感じる。
さっきから、“感じる” “思う” “気がする”という表現を
よく使っているが、怪異の答えは用意されていないからか
まさに、そんなあやふやな感覚がぴったりな『きつねのはなし』だった。
posted by kakasi at 11:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 「森見登美彦」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。