2010年12月01日

『銃口』 三浦綾子

銃口 上 (角川文庫)  銃口 下 (角川文庫)

自分に正直に生きたい。
欲とかそういうことじゃなくて、正しいと思うことを貫けるということを。
多くの人がきっと自分の考えに忠実に生きてはいないと思う。
社会人になって、組織っていうものの一員になってみると強く思う。

昔「言いたいことも言えないこんな世のはPOISON」という歌があった。
平和な今の世の中でさえ、こんな風に歌われている、
この『銃口』は、そんな今よりもさらに厳しい時代だった
いわゆる戦前〜敗戦までを主に描いた、教師竜太の生涯の物語。


戦争ものは、やっぱり重たい。
戦争を知らない僕にも当時の匂いを感じさせる重圧なストーリー。
常に不安の足跡が聞こえてきて、安らぎも転落の前触れかのよう。
最後まで息も入れられないようだった。
ただ、この『銃口』は戦争はテーマであるけれど、
人間というものが、もっと大きなテーマになっていると感じた。

主人公の竜太は、その純粋な心から多くの人々を尊敬して生きている。
その人たちのように自分も生きたい。自分もそうありたい。
竜太の憧れた人たちは、どの人も心の広く、あたたかい優しい人々ばかりだった。
特に僕が心に残る竜太のその人たちを思う台詞としては、
要するに木下先生は、正しいと思うことを、
只一人ででも、やり遂げる勇気のある人間だということなのだ

自分にとって最も大事なこの自分を、自分が投げ出したら、
いったい誰が拾ってくれるんだ。
自分を人間らしくあらしめるのは、この自分しかないんだよ
などがある。

最も憧れていた坂部先生と同じ教師になって、理想に近づこうとするが、
生活を脅かす治安維持法による弾圧、そして赤紙による徴兵。
少年時代から青年になり教師に、そして兵士になった竜太の生涯は、
まさに激動の時代に生きた物語だった。


平和な時代があっという間に崩れ去り、
おとずれる戦時中の描写は胸が締め付けられるよう。
だからか、その中で人の優しい部分の描写があると
他人のしかも創作なのに、涙が出そうに嬉しくなる。
そしてやっぱり恋の要素も強くて、恋が愛に変わる辺りからは、
愛というのが、とても力強く感じられた。


最近、韓国と朝鮮の問題などで戦争という言葉が、いっそう近く感じる。
これは漫画の受け入りだけど(南国少年パプワ君より)
「変だな仲良くできないなんて、ケンカするよりよっぽど簡単な事じゃないか」
という言葉が響く。
それぞれ主義主張が違う、教育が違う、文化が違う……
平和ボケした発言だけど、そんなことで一般の人が傷つくことが正しいのだろうか。

この『銃口』は大学生の時、中国語の授業でドラマを見せてもらい知った。
当時、中国人の反日感情問題が話題に上がっていて、
中国語をとっている他の生徒でさえ、中国人は嫌いだ、怖いと言っていた。
今もその情勢はあまり変わっていない。
結局、同じことを繰り返すだけの気もするが、
そんな時だからこそ、誰も差別せず、仲良くなれないものかと思う。
世界中は無理かもしれないけど、近しい人の間だけでも。


そういえば、小学生の頃、戦争のことを知る勉強があった。
社会だったか、道徳の授業だったかさだかではないけど、
家のすぐ近くにある防空壕を調べたり、曾祖母に戦争の話を聞いたりした。
今の小学生たちも、同じようなことをしたりしてるのだろうか。
もはや戦後ではないけど、忘れてはいけないことだと思う。


物語の最後に「廻り道」というエピソードがある。
結局のところ、家に帰りたかった、教師に帰りたかったのだと思った。
そして戻ってこれたのだと思うと、万感の思いがこみ上げた。
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2010年11月24日

『ヴィーナスの命題』 真木武志

ヴィーナスの命題 (角川文庫)  ヴィーナスの命題

大きな物語が欲しいのよ

何とも心踊らされる言葉なんだろう。
僕が小説というか、創作の物語に惹かれているのは、大きな物語が欲しいからだ。
結局のところ、現実は小さな物語の固まりでしかないので、
創作の物語に自分を投影して、夢を見ている。
でも、今のご時世に大きな物語なんて、ましてや日本では難しい。
たとえ、物語の中だって。

ヴィーナスの命題の文中のこの言葉に惹かれるのは、
壮大な物語みたいな響きに間違ってとってしまうからなのか。
ミスリードとすら呼べないほどの、酷い勘違いだけど、
言葉の響きって重要だと感じた。


ある高校の自殺事件がきっかけとなり、次々と起こる事件に翻弄され、
真相を追っていく少年少女達……というのが物語だ。
なんとも典型的なミステリー小説だけど、
漫画のキャラクターのようにキャラ付けされた人物が、
上手くマッチしていて青春小説の味付けがされている。


はっきり言ってしまうと、目まぐるしく変わる視点の変化が
どうにも読みにくくて、読み進めるというより、読み解いていくという感覚だった。
ある意味、それはミステリーの醍醐味なんだけど、
1回よむだけでは、わからない。
2回読んでも、真相はよくわからない。
恐らく、こういうことだったんじゃないかという曖昧なイメージしか得られないので、
カタルシスには欠けるけど、ささやかで綺麗な物語だった。
大きな物語になりえた物語は、小さな物語で締めくくられていた。
これは悪いことなんかじゃない。

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2010年01月08日

『鴨川ホルモー』万城目学

鴨川ホルモー (角川文庫)鴨川ホルモー

もはや何が何だか……
本の内容にしても、自分が読んだ時期にしても。
確かこのホルモーの映画が始まる前のことでして、
何をいまごろといった気分。

内容の方は森見登美彦さんが好きならこれも好きかなと。
同じ雰囲気を感じる。バカバカしくて、テンションが高い!
わけのわからないところが魅力で、若さがほとばしる一作。

ホルモーって何だ??
そこが本書の窓口で、そこから色々な疑問が連発。
でも、その疑問を吹っ飛ばすようなテンションで突き進むので苦にならない。
そして、基本的には大学生が主人公の青春小説なので、
さほど特殊すぎる分野でもない。

なんだけど、京都という地の理を生かした異界としての京都も扱っていて、
それが、まさにホルモーの真骨頂。
現地と異界を結ぶお祭り騒ぎのホルモーも良いけど、
おかしな人間関係がまた魅力的。


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2009年06月24日

『1Q84』 村上春樹

1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 2

2つの物語とメタファー。
『海辺のカフカ』や『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』
という過去の村上さんの作品と骨組みが似ているなというのが率直な感想。

色々と複雑すぎて何を感想として書けば正解なのかもわからないし、
全体を通して村上春樹が何を書きたかったのかもよくわからない。
文学というほど高尚な物語でもないし、
エンターテイメントというほど、娯楽に満ちた物語でもない。
さらにいってしまえば、この2冊で本当に1Q84が終わったかもわからない。
考えれば考えるほどわからないし、
頭を真っ白にしてただ文字を追って行くだけの物語でもないし、
感想を書くには本当に難しい。

青豆と天吾の2人の物語交互に語られていく形で小説が続く。
2人の関係がいつか交差するんだろう。
その時はドラマティックに物語が彩られると思いきや、
早い段階で2人の物語が交差まではいかないけど、
すでに混じり合っていて関係があるとわかる。

物語に銃が出てくるならその銃は発射されなくてはならない。
物語の中でこんな言葉が出てきた。
チューホフという作家の言葉らしい。
そういえば以前何かで同じセリフを聞いた気がする。
だったら2人の物語があるなら、
それはどこかで交わらなくてはいけないということなんだろうか。
ここから書こうとすると大きなネタバレになるのだから止めておくけど、
この物語は、全てのことに大なり小なり、
何かしらの意味づけが、そうである必要があったという気にさせられた。
物語の謎はまったくというほど解けていないのだけど。

ただ、孤独な2人が強く会いたいと願っていた。
真っ白な純愛の話だったとも思えた。
意味はわからないけど面白かった。
だからこそ、意味を知るための続編を読んでみたい。


関連作品過去感想リンク
『海辺のカフカ』
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
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2008年10月24日

『三四郎はそれから門を出た』 三浦しをん

三四郎はそれから門を出た 三四郎はそれから門を出た

最近めっきり小説を読む量が減ってしまった。
でも、雑誌とか漫画は毎日、毎日。
やっぱり僕は本が好き。
昨日は、仕事帰りに本屋で小一時間。
今日は休みだったので、一人でファミレスに本を持っていき、
はい一冊読了。それがこの本。
その後はブックオフで、まだ読んでない本が家で呼んでいるのに、
やっぱり買ってしまう。
本が好きで、やめようたってやめられない。
というか、やめようなんて思えない。

そんな本好きに、わかるわかる。いや、それはない。
世の中の流行? 何それ? 今読んでる本よりおもしろい?
とりあえず、一人身の本好きの自我が、なんとか保たれるようなエッセイだった。

憧れないようで、憧れる。

三浦しをんさんのエッセイ集『三四郎はそれから門を出た』
作者は、読書と妄想と、あとちょっとその他で生きているかのように感じてしまった。
その他のことも、家族の話とか、何気ない日常が面白いけど、
やっぱり本に関することが、面白い。
本への真っ直ぐのような、歪んだような、
とにかく情熱が感じられる。本に向かって思いが爆走しているように感じた。
そういう思いは憧れる。いや他の諸事情も考えると憧れないか。
でも、いいよなと思えてしまう。

本を読むだけが人生じゃない。
そうだけど、本を読むことが楽しみというか、
空気を吸うと同意義になってしまっている活字中毒者に捧げられたようで、
作者が自分で自分を救っているかのような、
たくさんの本への愛を唄っているエッセイだった。
その唄は美しくないかもしれないけど、心をぎゅっと掴んで止まない。

とか思うのだけど、僕の好きな部分は弟とのくだりのところ。
というのも、僕にも弟がいて、まったく同じような気持ちだから。
弟の冷ややかでいて、たまにうざったい態度も似ているし。
耐え難く変えがたい。
そんな弟の話題も面白いし、もちろん本に関することも面白い。
色々な本の話があるし、本屋のことや、本のしおりのことも。
小説に漫画に妄想に家族に旅行記にファッションに。
色んなところを楽しくつまめる、作者的に言うと
幕の内弁当のような作品だった。
あと、本の装丁好きです。
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2008年06月11日

『東京奇譚集』 村上春樹

東京奇譚集 (新潮文庫 む 5-26) 東京奇譚集

久しぶりの村上春樹作品。
自分がタイトルから期待していたような、摩訶不思議な話ではなかったが、
不思議であり、偶然が連なるような話だった。

「偶然の旅人」
「ハナレイ・ベイ」
「どこであれそれが見つかりそうな場所で」
「日々移動する腎臓のかたちをした石」
「品川猿」

という5つの短編からなっている。
好きなのは、「日々移動する腎臓のかたちをした石」かな。
自分の運命の相手と出会うっていうのは、
必然のような偶然のような、惹かれあうことは、
日々移動する心のようにも思えた。腎臓の意味はわかりません。
この辺りまで読むと、もはや、東京関係ない気もしないでもないが、
僕は東京人ではないので、東京を舞台にする必要というか、
タイトルに東京を付けた理由がわからないが、
東京という日本の象徴で、多くの人が生きている地ということで、
偶然の連鎖が起きやすいのかなぁ。

5つとも意味がわからないようなことが多いけど、
偶然なんて、意味のないようなことが多い。
小説は意味を持たせることが普通なんだろうが、
日々の日常は、意味なんて持たない出来事ばかりだと思う。
ただ、それに意味を持たせるかどうかは、その人しだいなんだろう。
通り過ぎていくか、胸に留めるか。

意味が有りそうで、無さそうな、村上さんお得意なメタファーなような。
理解するというより、感じる物語なのかなと思った。



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2008年03月27日

『永遠の出口』  森 絵都

永遠の出口 (集英社文庫(日本)) 永遠の出口


永遠という言葉を信じたくなることもあれば、
永遠なんてものありっこないと思うこともあった。
僕は永遠という響きに弱いってことなんてなくて、
なんとなく永遠って響きが好きだった。
なんとなく、日常が続いていくように思えた。
なんとなく、なんとなく・・・

ずっと、仲の良かった友達とも、いつのまにか疎遠になっていたり、
ひょんなきっかけで、出会い、そして別れて・・・
いつのまにか一緒に居て、いつのまにか別れてしまう。
そんなごく普通の一生を、少女が成長する過程を描くことで、
見事すぎるくらい、残酷なくらいリアルに表していた。
だけど、思い出だけは積み重なっていくんだよなぁ。
急に物語から消えた人物が、急にまた現れたり、また消えたり。
これも人生なんだなと感じた。

女性向けではあると思うけど、
大人に変わっていくこと、出会うこと、別れることは、
男にとっても、共感できる部分だったと思う。
ああ、なんとなく僕たちは大人になるんだ。
永久未来続くものなどあるはずはないから。

銀杏BOYSの「なんとなく僕たちは大人になるんだ」と、
SOPHIAの「Beautiful」の2曲の歌詞を引用させてもらいました。
頭の中でリフレイン。
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2008年03月05日

『あやし』 宮部みゆき

あやし (角川ホラー文庫 126-1)  あやし


現代物のホラーも、時代物のホラーにも、
共通してよく思うことは、怖いということもあるけど、
悲しい話であったり、霊になったのが不幸な人物だったと感じること。

宮部さんのこの時代怪奇小説『あやし』は、人情物にも感じられるので、
怖いというより、悲しい。
角川ホラー文庫から出てるので、ホラーのイメージで読み進めていたけど、
ホラーではなく、怪奇。あるいは奇妙。
時代物で怪奇になると、どことなくだが、
実際に昔あったとしてもおかしくなさそうに思えてしまう。
まだ、機械に支配されていない、
それこそ妖怪でも潜んでいそうな、世界。
「あやし」に一文字「か」を足すと「あやかし」になる。
その意味は、不思議なこと、またはそのもの。そして妖怪。

だけど、やっぱり小説からイメージされるのは、
「妖怪」というより「幽霊」
ようするに、現代に作られた「怪談」
でも、昔聞いた怪談そのもののように感じられた。
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2007年11月13日

『模倣犯 (上・下)』 宮部みゆき

模倣犯〈上〉 模倣犯〈下〉

じっくりと、腰を据えて書いたんだろうなと想像できる。
一つ一つの描写を丁寧に、そして人物の深層心理を徹底的に。
その分、人物に感情移入しやすかった。
そして、そのせいで多くの人々の、悲しすぎる結末に、
生々しすぎるほどの、悲しみと空虚感を感じた。
事件が起こっていく、上巻でのスリリングさは、すごいものだった。

宮部さんの描く人物は、本質的に優しい人が多い。
それだけに、そういった人物が堕ちていく、あるいは殺されていく。
そんな光景が、見ていられない、目を背けたくなる。
どこかで、救いがあるはずだと思っていると読み進める。
僕は『模倣犯』をそうやって読み進めていった。

物語の中とはいえ、真犯人の薄っぺらさを考えると、
殺されていった人が不憫でたまらなくなる。
ここまでしなくていいだろうと思い、胸がしめつけられる。
でも、現実にもそういう事件があることが悲しい。
もはや事件は、他人事ではない。
でも、そういうことを知っても、
やはり残酷な事件は、自分の身の周りに起こらない限り
他人事の、対岸の火事でしか思えない。
それが、過激なマスコミや、楽観的な一般大衆に繋がるんだろうか。

あと、タイトルの『模倣犯』
こういうことだとは、考えもしなかった。
最後まで、結末も予想さえさせなかった。
ある意味、あっさりなのだが、
読んでいて、真犯人の真意がなかなか見えてこないだけに、
多くの人物が、さまざまな考えを抱えていただけに、
本当に、それだけかと思っていたので、
こんな結末とはと、納得のような納得できないような。
でも、傑作といって間違えない作品だと思う。
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2007年11月08日

『三谷幸喜のありふれた生活 4 冷や汗の向こう側』 三谷幸喜

三谷幸喜のありふれた生活 4 冷や汗の向こう側三谷幸喜のありふれた生活 4 冷や汗の向こう側

大河ドラマ「新撰組!」の裏側なんかも描かれている、
三谷幸喜エッセイの4巻目。
三谷さ〜ん、ドラマ見てましたよ!

そんな僕なので、大河の裏側や、終わった後の出演者に様子を
おもしろおかしく、たまに感動させて書いてくれるのはたまらない。
そういえば、新撰組!終わって、ずいぶん経つけど、
今も、繋がりはあるんだろうか?

それより、見所は、三谷幸喜のありふれたようで、
ありふれてない日常。
まあ、エッセイで、タイトルもタイトルなので、
三谷さんの日常に注目して読むのは、当たり前。
僕の中で、三谷幸喜という人は、記号化されていて、
どこか小動物のような表情で、ビクビクしてそうなのに、
ものすごい大胆なことをしてのける人。
細かいところで笑かせてくれる、おもしろい人。
一般人のようで、一般人とはやっぱり違う人。
まあ、一言で済ませると、ユーモアのある人。

読んでいると、なぜかこの人の人生自体が、
喜劇のようにも思えてしまう。
本当の姿が、なかなか見えてこないんだけど、親しみが出てしまう。
ともかく、言いたいことは、これからも楽しませてください。
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2007年10月25日

『あかんべえ(上・下)』 宮部みゆき

あかんべえ〈上〉 (新潮文庫)あかんべえ〈下〉 (新潮文庫)

人情+ファンタジー+ミステリ。
しかも長編小説ということなので、
読み手は大人になってくるのが当然なんだろうけど、
ここはあえて子供に読んで欲しいと思える話だった。

読み終えて、色々感想が浮かぶのだけど、
解説の一発目に、自分の言いたいことが、はっきり書かれていた。
「健気」という一言。
主人公のおりんに向けられた言葉。
おりんの優しさと、素直さと、健気さ。
そしてそれは誰の心にもあるものだと。
人間賛歌とも言える、ホラーもあるが優しい物語。

キキ、メイ、千尋といったジブリキャラに感じるような、
暖かく見守りたくなるような気持ちで本を読み進めていた。
そして、そんな気持ちはこの本の中の人物も同じようだった。
悪い人がいて、世の中がいいことばかりじゃないから、
宝物のように、おりんを大切にする大人達に囲まれて、
おりんもその優しさに応えるかのように、動いていく。
時代物なのだけど、ファンタジー色と、
人の優しさ、少女の健気さを感じて、
ジブリの映画みたいに思えた。
だからこそ、アニメ化でもして、子供にも見て欲しいと思ったし、
大人にも受けるだろうと思った。

物語もそんなにこんがらがったものでもないし、
ミステリも、それほど強くないし、
なんとなく秘密もわかるものも多い。
幽霊もでるが、ホラーもきつくない。
なので、おりんの魅力がすごい引き立って、
おりんの中にある、優しすぎるくらいの思いが伝わってきた。
優しく、純粋な心は、他人を変える力がある。
そう感じた。
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2007年08月21日

『イレギュラー』 三羽省吾

イレギュラー  イレギュラー

夏だ! 熱いぜ! 高校野球!
今、こうしてパソコンに向かってカタカタやってる人もいれば、
炎天下の中野球をやってる人もいるわけです。
常葉菊川と広陵の試合を見ながら、書いています。
僕としては、常葉菊川を応援してるのだけど、負けている……
この本も、常葉菊川が見える場所というか、
すぐ隣にある図書館で読んだので。
地元民まるだしの、愛で応援しています。

さあ、本の話。『厭世フレーバー』の作者なので、
ちょっと変わった話かと思えば、真っ向勝負の青春野球ストーリー。
これには、ちょっと驚いた。
少年漫画にありそうな、ストレートな話だったので。
そう、まさに熱闘甲子園の今の時期にぴったりな小説。

でも、タイトルは「イレギュラ−」
すんなりいくわけがない。いってたまるかったって、
作者が思いながら書いている話だとも思えた。

主人公の高校は、村にある小さな高校で弱小。
しかもメンバーはぎりぎり。選手も監督もやる気もなし。
マネージャーが一番やる気があるという。
さらには、最近自分の村が水害にあい、野球どころではない。
練習しようにも、場所もない。
おいおい!?大丈夫か?となるのだが、
素質は全国レベル、態度ならメジャーレベル。
という、まさに漫画な主人公と、
多くの「イレギュラー」に見舞われながら、
野球少年たちが、真剣に野球に取り組む。

これは野球の小説だが、勝ち負けうんぬんの試合より、
野球を通じての、交流や成長を描いていく。
他校の真剣に野球に取り組んでいる選手との交流、
水害で苦しむ、同じ村民との交流。
野球を通じて、何かを訴えかけてくる。
野球で、ダメダメ野球部が熱くなっていく。
イレギュラーな出来事が、人の交流と成長を促し、
読む僕には、考えさせられることもあるし、熱くもさせられた。
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2007年06月26日

『失われた町』 三崎亜記

失われた町 失われた町

タイトルに失われたとあるように、
読み終わった後も、ああ〜失われてしまったのだなって
センチメンタルな気分になった。
だからといって、絶望だけが残る話でもない。
様々な視点、様々な場所から紡がれる「失われた街」を巡る話。

最近読んだ中では、伊坂幸太郎さんの
「週末のフール」に近いものが感じた。
抗えないものに、必死であがき続ける人間の姿。

この失われた町とは、タイトルそのままに町が失われる話だ。
町の人物も消えてしまうので、
物語の中心になるのは、その町に関係する様々な人たちとなっている。
同作者の著作『となり町戦争』の、戦争理由、内容のように
この話の消える理由、メカニズムは解明されてはいない。
だけど、そんなこと関係なくて、これはそこに関わる
人間たちのドラマで、空虚感もあるけど希望だって残されていた

基本的に僕はハッピーエンドの物語が好きなんだけど、
この話は、ハッピーエンドといえないかもしれない。
でも、何かが残されているような。
そんな、次に繋がる何かが残された話というのは、
人間が生き続けていくための世代交代のように、
とっても大切なテーマなのかもしれないなって感じた。
失われた後に、誰かが何かを行動したり、受け継いだりするように。
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2007年02月13日

『まほろ駅前多田便利軒』 三浦しをん

まほろ駅前多田便利軒 まほろ駅前多田便利軒

うん、なんかドラマ化してもおもしろそうだ。
探偵ではないが、便利屋。
だけど、探偵物のような雰囲気をかもし出す。
適度にハード・ボイルドだけど、エンターテイメント。
フラフラしているようで、実は地域密着型の稼業。
陰と陽が、混じりあっていて、暗いようで明るい印象を受けた。

主人公は、色々な悩みや葛藤を抱えている。
だけど、本当に絶望するまでに陥っていない。
だからといって、笑い飛ばせるほど吹っ切ってもいない。
彼の元に転がり込んできた、元同級生。
親友どころか、友達でさえないが、
二人は、一緒に生活して、便利屋稼業を行う。
非常にアンバランスで、いびつな関係性。
便利屋という仕事から、彼らには多種多様な人々が集まる。
まあ、そこは彼らの物語なので、僕が語るまではない。

便利屋ならば、人がいる限り仕事に終わりはないだろう。
人は、色々なものを求めるし、
お金で変えられるなら、楽をしたいことだってある。

人生だって、同じ。
誰だって、楽をしたい。楽になりたい。
何かがようやく、終わったと思っても、
別の何かがやってくるんだろう。
死ねば、終わりかもしれないけど、
自分の携わった人たちの物語は続いていく。
よく人が亡くなって形は無くなっても、
思い出は心に残るという。
そんなこと、綺麗ごとだって思うけど
そんな風に思えないと、世の中つまらなすぎるし、淋しすぎる。
だから僕は、そんな綺麗ごとがとても素晴らしいと思う。

あっという間に終わりが来そうなんだけど、
いつまでも続いていく気がする。
永久未来続くことなんて、ありえない。
そんなことわかっていながらも、だから何だっていうんだ。
そんなエネルギーを感じた。


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2006年12月22日

『風に舞いあがるビニールシート』 森絵都

風に舞いあがるビニールシート風に舞いあがるビニールシート

最近は短編といっても、どこか繋がっているものばかり読んでいたし、
そういうものが僕は好きだった。
今回は、まったく繋がっていない短編集。
だけど一話一話、とても丁寧でいて、
とても凝縮されているというイメージを受けた。
6話全てが、とても満足できて満ち足りた気分になれた。

特に「守護神」「ジェネレーションX」は、かなり好き。
表題の「風に舞いあがるビニールシート」は
一番重たい話だったけど、読み終わった後は、
何故かスッキリとした爽快感。
おもしろいというのもあるけど、
とても上手に作られているということを強く思った。

よくよく思い返すと、最近は男性作家の本ばかり読んでいたからか
女性の視点というものが、やっぱり何か男と違うなとも思えた。
鮮やかではあるけど、男性の持たないような生々しい女性観を感じた。
でもやっぱり、男が主人公の上の挙げた2話が好きなんだよな。
もちろん女性が主役の話も、とても満足できたのだけど。

そういえばこの本は、直木賞ですね。
もう一つの、三浦しをんさんの本も、読んでみたいです。
posted by kakasi at 23:50 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書 作家別 「ま行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

『厭世フレーバー』 三羽省吾

厭世フレーバー 厭世フレーバー

この物語は、5章に別れている。

十四歳、十七歳、二十七歳、四十二歳、七十三歳。

最初の章を少し読み、てっきり僕は、1章の少年の成長する話。
人生に悲観するような、現代社会を描いたような話だと思った。

だけど、違う。
これは家族の話だ。
どうしようもなく不器用な家族の話。
そしてそれは、どこにでもありそうで、なさそうな家族の話。
色々な人が共感できそうだが、複雑な家族の話だった。

この物語は、5章に別れている。
それは先ほどにも言ったけど、章は家族の数存在している。
それぞれ、次男、長女、長男、母、祖父との視点となっている。
おもしろいところは、父がいないということだ。
父は死んでいないわけでなく、存在している。
しかし、父親は失踪してしまっている。
父親が失踪からの、厭世風味の家族の物語だった。

最初の章を読んだところ、14歳の少年の語り口調が、気持ちが
頭ではわかっているが、どうも慣れなくて、苦戦したが
次からの章を読むにつれ、だんだん最初の章も悪くない気がしてきた。
そう、おもしろかったのだ。
章が続くにつれ、この家族の形がだんだんはっきりしてきて
父親のことも少しずつわかってきて、一気読みできた。


厭世とタイトルにあるけど、ちゃんと光はあった。
少しラストは、唐突に幸せ家族に行きすぎな気がしたけど、
これも1つの家族の形だって思った。
そのラストに繋がるまでの、不穏な家族も
このような家族も、やっぱり家族なんだって。


ついでに、最期の祖父の観点からの章は、すごい笑えました。

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2006年11月04日

『となり町戦争』 三崎亜紀

 となり町戦争 となり町戦争

僕の趣味が読書だと言うと、多くの人に、
え〜見えない〜、 と言われる。
しまいには、漫画かエロイちょっと大人な本だとさえ言われるしまつ。
これが僕に対する、周囲の反応。


みなさんは、戦争については、どう反応するか。
僕なら、無関係の人々も、戦争に参加する人も、どんどん死んで、
国と国がお互いの利益や、憎しみのために、お偉いさんの判断で
街がどんどん廃墟とかし、人は苦しみ、銃が溢れ
さらには、核爆弾でも投下されるのではないかと考えてしまう。

この物語の主人公も、戦争というとそんな重苦しいように考えていた。
しかし、いっこうにそんな雰囲気はかもし出されない。
自分の描いている戦争と、行われているはずの戦争のギャップが
戦争のリアルを奪っていく。
ましてや、戦争というものも、自分の町と、となり町との戦争だ。

主人公は、となり町という戦時拠点の
偵察を命じられるけど、大したことはしていない。
戦時前のように、普通に会社にいってちょっと町の様子を見て
簡単な報告書をつくるだけ。
そこには、いつもと同じような風景しかない。

人は確実に死んでいるという現実があるのだが
そんな光景も見ることもなく、ただ日常は続く。
人が死んだ、殺されたの憎しみも町にはなく、人々は普通に生きている。
いったい戦争って何なのだろう?
僕も主人公も、ただただわからなく流されているだけだ。
そしていつの間にか、戦争は終わりを迎える。

間違いなく作者は、あえて戦争のリアルを描いていない。
戦争による答えなど出していない。
読んでいて、その答えを出さない様や文章から
何となく村上春樹を感じたが、他のブログの感想を読むと
そういう感想を持った人も少なくない。
簡単に答えなど、出さないぞと言いたいのか、
ある意味、不親切このうえないのだけど、
そういうケースもあるというような、何とも不思議な話だった。
これが、戦争なんですよ
主人公は、物語の終わりに最初で最後の戦争のリアルを感じる。
参加していないようで、戦争に参加していた、
主人公の、初めて感じたリアル。
僕らが、イラク戦争や、各地の紛争などをテレビから見ていたとしても
その戦争のリアルを感じないのは、当然だろうと、何気なく感じた。
posted by kakasi at 13:47 | Comment(0) | TrackBack(1) | 読書 作家別 「ま行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月03日

『アフターダーク』 村上春樹

アフターダーク アフターダーク

村上春樹の作品をちょこっとだが読んできて、
この作品を読み、さらに思ったことは、この作者は無駄に説明をしない。
謎は謎のまま残り、闇にと消えていく。

人物描写も、少なくないはずだが、イマイチ人物がわからない。
今回は心理描写も少なく、個人、個人がわかりにくい。
全体像を、遠い場所にある穴からから覗き込んでいる気分だった。
だけど、その穴が小さいため、全体像を捕らえきれない。
闇の部分が僕の前に広がっている気分だった。

個人がやるべきことを遂行して、
その結果に、物語が出来上がっているという感じを受けた。
そこには、論理もへったくれもなく、
ただそういうこともある、という印象だった。

僕らの世界には薄い壁があり、ちょっとしたきっかけで
その壁の向こうの闇の世界に落ちてしまう。
現実と非現実の壁なんて、どうってことない。
そしてそこから抜け出すことは、難しいかもしれないけど
夜の闇も、太陽が昇れば消えてしまうように
なんてことなく、抜け出せることもあるかもしれない。
だけど、その経過を知っているが、なぜそうなるのかと考えると難しくて、太陽の存在の不思議とか、なぜ地球が自転するのかとか、
考えるとキリがない。
この小説もWHYを考えるとキリがない。

いずれ日が昇り、光が当たっても、闇はどこかで潜んでいる。
「逃げ切れない」と男は言う。
「どこまで逃げてもね、わたしたちはあんたを捕まえる」

帯にもあったこの言葉は、作中ではこんなことだったのかよと
少しがっかりしたが、やはり印象深い言葉だと思った。
どこまで逃げても、その闇はついてまわる。
どんなに日の当たる場所でも、自分の影という闇はついてまわるし
光で見えなくなるだけで、次の闇は、確実に訪れる。
それでどんな小説だったのと、言われると闇の話だと僕は思う。
まあ、タイトルが、アフターダークだからね。
明けない夜はない。覚めない夢もない。
そして、必ず日はまた昇る。
しかし、闇も必ずまたやってくる。
posted by kakasi at 19:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「ま行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

『風の歌を聴け』 村上春樹

また村上春樹です。
実はこれ読む前に羊をめぐる冒険を読んでいたりするkakasiさんです。
完全に読む順番間違えてますが、気にしないでいこう。
あらゆるものは通りすぎる。
誰にもそれを捉えることはできない。
僕たちはそんな風にして生きている。

生きていれば色々な人と出会うけど、
風のように、その人たちは通りすぎていってしまう。
昔仲良かったあの子も、好きだったあの人も
いつのまにか、過ぎ去ってしまう。
そこに深く根を張ったつもりでいても、捉えることなんてできない。

人生は出会いと別れの繰り返しとは、よく言ったもの。
風のように去る、風とともに去るといった話だった。
その表面だけを風がまとわりついて、
そこだけを持ち去っていくような物語だった。

でも、考えてみれば人生なんてそんなもの。
ほとんどが、表面だけを軽くなぞっていくだけ。
そう思う僕は、やっぱり色んなことをわかってないんだなと感じた。
達観して、全ての物事をわかっていそうな人に憧れはする。
だったら、それを知る努力をするべきだと思うけど、
そんな人は疲れるだけだとも思う。
考えると、どうどう巡りになるので、これくらいで止めておこう。
僕のこんな思いも、風のように
僕の心から通りすぎていくだけなのかもしれない。


風の歌を聴け
風の歌を聴け
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村上 春樹
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5 春樹は嫌いだけど、この作品は本当に素晴らしい!
3

posted by kakasi at 23:21 | Comment(4) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「ま行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『ねじまき鳥クロニクル』 村上春樹

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 ねじまき鳥クロニクル〈第2部〉予言する鳥編 ねじまき鳥クロニクル〈第3部〉鳥刺し男編
(第1部〉泥棒かささぎ編
〈第2部〉予言する鳥編
〈第3部〉鳥刺し男
正直何が、何なのかわからない。
物語もそうだが、タイトルだってそう。
抽象的すぎるというか、比喩や隠喩に満ちているというか。
作者風に言うなら、メタファーに満ちているというのだろうか。
だけど、何が何だかわからないけど、すごい。
わからないのに、物語に引っ張っていく力がある。
おもしろい、おもしろくないで言ったら、やはりおもしろい。
ちなみに、買う前まで「ねじまき島」かと思ってました。

平凡だけど、平凡ではない。
真面目そうだけど、コミカルでファンタジー色も強い。
それが僕の村上春樹のイメージ。
間違いなく高校時代の僕なら手をださない。
まあ、高校時代は本にさえ手を出してませんでしたが……
ともかく、有名すぎる。高名すぎる。
だから、何か理屈があり、一つ一つに何か意味を持たせている気がする。
実際そうかもしれないけど、単に勢いで書いているようにも思える。
だけどやっぱり、何かの意味があるんだろう。
そして、やっぱり僕にはわからない。

みんな徐々に何かを損なっていく。
そしてそれを取り戻すために、戦っていく。
主人公は、逃げないと決めた、戦うと決めた。
ゆっくりでもいいから、それが彼の誓い。
ねじまき鳥が、世界のねじを回す。
彼の世界を回すためには、そこから逃げてはいけないんだろう。

この話の、ねじまき鳥の年代記は不思議な出来事ばかり。
不思議でありえないけど、起こったということは、
やはりありえることで、不思議でもなんでもないことかもしれない。
だけど、物語は現実か夢かさえ区別がつかない。
予定調和だってない。
こうなるとわけがわからない。

村上春樹からのメッセージは、僕には届かなかったようで……
井戸に何日もこもって考えれば、何か見えてくるかもしれませんが。

posted by kakasi at 01:29 | Comment(2) | TrackBack(1) | 読書 作家別 「ま行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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