2008年05月10日

『山魔の如き嗤うもの』 三津田信三

山魔の如き嗤うもの (ミステリー・リーグ) 山魔の如き嗤うもの

初めて、自分がバイトしていた本屋以外で、
本を予約して買いました。どこにも売ってない〜

シリーズ4作目。
インパクトでは1作目の『厭魅』が強かった。
ラスト間際の爆発的な引き込まれ方は前作の『首無』が凄かった。
でも、今回が個人的に一番面白かった。
民俗的要素のホラーは、若干弱めだったけど、
顔無し遺体、密室、童歌に見立てた殺人……
そしてタイトルにもある山魔という存在の謎。
がっちりと、がんじがらめに物語に心を乗っ取られた気分だった。

山魔といわれるとよくわからないけど、
物語中にあった山女朗という存在から、
「やまんば」のことでもあると思う。
何を隠そう、僕は子どもの頃怖いものベスト3に、
やまんばが入っていただろうくらい怖いものだった。
子ども心に紙芝居で見たやまんばのイメージが強烈だった。
忌み山の中で、ある人物が出会うこととなる人物。
山魔?、山女朗?、やまんば?、それともただの人?
ホラーとして迷い込んでいく物語が、
解決されたことは、僕にとって望ましく、カタルシスだった。

だけど、この物語は京極夏彦の紡ぐ物語のように
「この世には不思議なことなど何もないのだよ」
というわけにはいかず、常に不思議なことが付きまとってくる。
それこそ、物語中にもあった言葉の、
この世の全ての出来事を人間の理知だけで
解釈できると断じるのは、人としての驕りである。
ということが付きまとう。
僕も小さな頃から、無意識に似たようなことを思っていた。
いや、誰もがそんなことを思うんだろう。
だからお化けとか、妖怪、UFO、超能力などが話題になるんだと思う。
でも、実際にお目にかかれないから、どこか遠くのことと感じてしまう。
だからこそ、楽しめるということもあるんだけど。
ついでに、先ほどの言葉の続きとして
かといって安易に不可解な現象そのものを
受けいれてしまうのは、人として余りに情けない
だからこそ不可解な事件、ホラーを扱う
推理小説の主人公達が頼もしく見える。

シリーズ過去作品感想リンク
『厭魅の如き憑くもの』
『凶鳥の如き忌むもの』
『首無の如き祟るもの』
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