2009年03月12日

『ボトルネック』 米澤穂信

ボトルネック ボトルネック


自分がいない世界では、何が変わっているだろうか?

そんなIFの世界に入り込んだ主人公が、
自分の世界では生まれず、IFの世界で自分の代わりに生きている姉と共に、
元の世界へ帰るための方法を探しながらも、
自分の世界と自分のいない世界との違いに気づいていく、間違い探しの物語。

青春小説独有の青臭さと孤独感が、淡々と語られながら、
次第に、どうしようもない残酷な事実が突き付けられる。
自分自身がボトルネックだったという。
自分という存在を、根底から揺さぶられる物語は、すごい痛みが伴った。

東尋坊から始まる物語は、普通の青春小説のような、
眩しさこそないが、淡く、儚い。

懐かしくなんかない。爽やかでもない。
若さとは、かくも冷徹に痛ましい。
ただ美しく清々しい青春など、どこにもありはしない――。
このキャッチコピーが、作品の雰囲気を物語っていた。





posted by kakasi at 23:59 | Comment(4) | TrackBack(1) | 読書 「米澤穂信」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんわ。TBさせていただきました。
最後までこんなに報われない作品を読んだの、久しぶりでした。
僕は何にも悪い事はしていないのに、もしも自分がいなかったら変わっていた未来があまりにも素敵で、何だか可哀相でした。
そして最後の親の言葉。
私も、大きな痛みを感じました。
Posted by 苗坊 at 2009年03月18日 22:53
はじめまして。
実は今日ちょうど『ボトルネック』を読み終えたところです。
ラストのメール・・・このしょうもない母親・・・でも、本当に息子を見捨てていたらメールなんて寄こさないような気もするんです。
大丈夫、こちらの世界で彼は生きていけると思います。
決して、絶望したり自暴自棄になったり、サキの生きている世界をうらやんだりしないで。
自分には、こんなんでも家族がいるということに気付いたから・・・。
楽観的すぎるかしら・・・。(^^;

こちらのブログのタイトル、ひょっとして
BUMP OF CHICKEN の『アルエ』の一節でしょうか?
だったら嬉しいです。バンプファンなので。
Posted by びっけ at 2009年03月22日 22:58
苗坊さんこんにちは。
自分がいないことで何かが変わるというのは自分の価値が認められると取れますが、
この話のように、いないことで良い方向に変わっているというのは、やりきれないですね。
Posted by kakasi at 2009年03月23日 12:32
びっけさん初めまして。
読んでいると、悲しくて痛いという感情が付きまといますが、
不思議と主人公は絶望したり、自暴自棄にはなっていないと僕も思います。

それとブログの由来ですが、
The Rolling Stonesの「Dead Flower」
という曲に、
「枯れた花でも送ってくれないか」という一節があり、
そこから、なら僕は枯れないように水をやろうと思ったりなんかしたわけです。
ブログが枯れないように、水(更新)しようと。でも最近、かなり水やりを怠って、枯れかけてます。
この辺は、音楽カテゴリの2005年の6月あたりに書いてました。思えばもうすぐ、ブログ開設4周年です。

ということですが、アルエのこともきっと頭にあったんでしょう。まんまですし。
それにバンプは大好きですから。
Posted by kakasi at 2009年03月23日 12:48
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