2009年07月10日

青春のウルフルズ

ウルフルズが活動を休止した。
去年のサザンの活動休止では、
好きな曲はいくつもあるけどもそれほどファンでもないので、
どこか他人事のようにも思えたけども、
ウルフルズは、自分の中で本当に大切な存在だったから辛い。
辛いで言ったら、ここのところのトータスの方がしんどそう。
愛猫が亡くなって、ラジオも終わって、清志郎も亡くなって、
自信作のソロも売れなくて、さらにはバンドが休止。
バンドは自分の意思であるのだろうけど。

前向きな活動休止とは言っているけど、なかなか納得ができない。
フロントマンのトータスが、熱しやすく落ち込みやすい。
それに何より、バンドは4人。ライブは5人。
人の集まりだから、どうなるかわからない。
いつかと信じて、結局解散したイエモンだってあったことだし。

ウルフルズは本当に不思議な魅力のバンドで、
ガッツだぜのころは、コミックバンドだと思っていて嫌っていたら、
すごいソウルで熱いロックを何より楽しそうにやっていたのを見て、
好きになって、いつのまにかずっと歌を聞いていて、
真っ直ぐ過ぎる言葉が、本当に心の支えだった。
メンバーが抜けて、また戻ってきたり、


こうして活動休止を発表した後も、
何もかも間違いじゃない。そう思っていてくれているなら、まだ救いはあるかもしれない。
とりあえずのところのウルフルズの一番新しいアルバムの
「KEEP ON MOVE ON」は個人的に一番の傑作だと思うし、
バンドのパワーが落ちているとは、とうてい思えない。
こうグダグダ書いていてもやっぱり納得できない。
ウルフルズには20年の積み重ねがあって、色々と思うことがあるのはわかる。
でも、好きなものが無くなってしまうかもしれないというのは、やっぱり辛い。
解散ではないとはいっているけど、やっぱり不安。
まだまだウルフルズの元気が必要なんだ。

ウルフルズは正直トータスでもっているとは思う、
ソロのトータスはすごいいい歌を作っている、
でも、やっぱり4人の中の1人のトータスじゃないと嫌なんだ。
イチファンの勝手な言い草だとわかっていてもね、やりきれない。

いつか青い空からシャララララ
答えはくるさシャララララ

とりあえずは、答えをまってます。
それが答えだ!って。
どんな答えでも受け入れるつもりで。
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2009年06月30日

「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破EVANGELION:2.0 YOU CAN (NOT) ADVANCE.」

ええい!続きはまだかっ!!!


とりあえず感想はネタバレなしの方向で。

レイトショーだったのに、初日でもないのに観客は列を連ねていた。
今だ絶大なる人気を誇るという謳い文句は伊達じゃない。
エヴァは僕にとってはよくわからないアニメで、
オカルトじみたことは好きだけど、雑誌のムーの愛読者でもないし、
アニメを全話みたわけでもないし、
田舎住まいだったのでリアルタイムで見れたわけでもないし、
流行り廃りにもあんまり興味ないし、
物語もよくわからないし、ロボット(人造兵器)のデザインが好きでもないし、
キャラも特別好きなのがいるわけでもないし、
当時好きだったわけでもなく、大学入った頃からちょっと好きになったくらい。
なのに、ネットで出回っている二次創作の小説を読んでしまったり、
現在、ワクワクして映画館まで見に行って、
映画にドキドキして、続きを見たくてたまらなくて、なんだか不思議だ。

前作の「序」を見て以来のエヴァンゲリオン体験。
映画を見るのも9か月ぶり。
以前は週1くらいのペースで見ていた映画。
なのに毎日忙しくて見る暇もない。
時間だけじゃなくて、心の余裕もない。
エヴァは、そんな僕にはあまり良い映画じゃない。
難解で、娯楽って感じでもないし、どこかひねくれてるとこがあるイメージ。
そのはずなのに、今回は映画を見てぶっ飛んだ。
完璧なエンターテイメントで、いわゆる王道ってやつだったからだ。
寝ても覚めても少年マンガ夢見てばっか。
映画を観る前に漫画喫茶で『バクマン』を読んできたせいかな。
あの問題作と言われていたエヴァが、王道アニメに僕は思えた。
バトルに青春、人との触れ合い、心の葛藤、成長、多くの謎。
でもよくよく考えると、それってテレビ版から変わらなくない?


映画は一言でいうと、「すごい」
「序」から継続の美しい色彩に、風景の美しさ。
エヴァの動きも映画館で見ると迫力満点で、
エヴァ3体が疾走する姿は鳥肌が立つくらいカッコイイ。
シンジ君は、ラストにはすごい熱血で、まさに男の戦い。
なんだかエヴァじゃないエヴァを見てるみたい。

でも、色々意味深な映像やセリフが満載で、
そうとう、ああだこうだと解釈がとれる部分がすごい多くて、
やっぱりエヴァンゲリオンなんだなと思えた。
前作からも感じた、エヴァの世界ループ説は
ラストでのカオル君のセリフによりさらに支持の方向で。

映画は最後までドキドキして見れてというより、
中盤での完璧なまでのいわゆるフラグ立てからの、
計画通りといわんばかりの展開により、
そこから正直、話についていけなくなった。

マジで!?

と、もはやポカーンとしてしまい話半分で、
思考が映画についていかなかった。
だけど、そこから圧倒的なまでのバトルシーンにより
ようやく物語に心が戻っていた。
エンドロール後の、前回からのお約束次回予告シーンで、
ものすごい安心できたからよいものの、
予告がなかったら、またまた賛否両論だったろうな。
すごいおもしろかったけど、アレは無いわと。

映画見た後、色々振り返ると謎だらけで、
しかも次は、ヱヴァンゲリヲン「急」じゃなくて「Q」だと。
なんだかわからないことだらけだけど、すごい面白かった。
これだけは、胸を張って言える感想だった。


過去関連作品感想リンク
ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序 EVANGELION:1.0 YOU ARE (NOT) ALONE


2009年06月26日

『空へ向かう花』 小路幸也

空へ向かう花 空へ向かう花

子供という存在は、大人が守らないといけない。
それは間違いなんかじゃない。
だけど、その守るべき子供に大人が守られている。
勇気づけられているってことがある。
なんだかわからないけど、子供にはそんな力がある。

この物語に出てくる主な登場人物である2人の男女の子供。
元気いっぱいなというタイプでなく、
心に傷をおっていて健気さを覚えてしまう2人。
この子供を見ていると、なぜ大人は守ってあげないのかと思う。
だけど、守ってあげないとと思っても、
どうすればいいのかわからないことだってある。
上手くいかないことだってあるんだ。
どうしようもないことだってあるんだって。

それでもなんとかして守ってやろうと心に決めて、
必死にやってやれば子供にだって伝わる。
物語であるなら読者にだって伝わる。
2人の子供を守るために出てくる2人の大人の優しさ、力強さは、
幼いころ僕を守ってくれていたであろう色んな人を思い出させる。
物語に出てくる、この二人の子供をどうにかして
幸せにさせなくてはと動く2人の大人の存在には救いを感じた。

現在はっきり言うと、自分のことだけでいっぱいいっぱいで
他人の世話なんて大層なことなんて僕には過ぎたことなんだけど、
それでも守ってやらなきゃって。
子供は弱い存在からだとか、
可愛いとか純粋とか、その姿や仕草から思うのもそうなんだけど。
子供独有のキラキラした目で見つめられると、どうしても。
その目が薄暗くどんよりしているならなおのこと。

子供の頃の気持ちを思い出すのと同時に、
大人となった今を強く感じさせた一冊だった。
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2009年06月24日

『1Q84』 村上春樹

1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 2

2つの物語とメタファー。
『海辺のカフカ』や『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』
という過去の村上さんの作品と骨組みが似ているなというのが率直な感想。

色々と複雑すぎて何を感想として書けば正解なのかもわからないし、
全体を通して村上春樹が何を書きたかったのかもよくわからない。
文学というほど高尚な物語でもないし、
エンターテイメントというほど、娯楽に満ちた物語でもない。
さらにいってしまえば、この2冊で本当に1Q84が終わったかもわからない。
考えれば考えるほどわからないし、
頭を真っ白にしてただ文字を追って行くだけの物語でもないし、
感想を書くには本当に難しい。

青豆と天吾の2人の物語交互に語られていく形で小説が続く。
2人の関係がいつか交差するんだろう。
その時はドラマティックに物語が彩られると思いきや、
早い段階で2人の物語が交差まではいかないけど、
すでに混じり合っていて関係があるとわかる。

物語に銃が出てくるならその銃は発射されなくてはならない。
物語の中でこんな言葉が出てきた。
チューホフという作家の言葉らしい。
そういえば以前何かで同じセリフを聞いた気がする。
だったら2人の物語があるなら、
それはどこかで交わらなくてはいけないということなんだろうか。
ここから書こうとすると大きなネタバレになるのだから止めておくけど、
この物語は、全てのことに大なり小なり、
何かしらの意味づけが、そうである必要があったという気にさせられた。
物語の謎はまったくというほど解けていないのだけど。

ただ、孤独な2人が強く会いたいと願っていた。
真っ白な純愛の話だったとも思えた。
意味はわからないけど面白かった。
だからこそ、意味を知るための続編を読んでみたい。


関連作品過去感想リンク
『海辺のカフカ』
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
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2009年06月10日

『78』 吉田篤弘

78 (小学館文庫)  78

自分の頭の中のものを、文章にするってことは誰にでもできるのだろうけど、
それを商売にしてしまう人のことを僕は尊敬する。素晴らしい才能だ。
そういうことを本人に言うと、才能なんかじゃないよ
なんて答えるかもしれないが、立派な才能だ。
僕なんてこのブログを見ての通り、支離滅裂なことしか書けないし、
4年も続いてるのに、いまだに書くってことが難しい。
てきとうなことしか書いていないのに、それなのに難しい。

僕の場合、話すことさえも苦手なので書くなんてもっと無理。
最近本当に自分の思いを書く、話すってこと、
外に向けるってことが難しく思える。
胸の中では流れるように出てるのに。
今まで普通にできていたことができなくなっている。
眠れない夜に、今までどうやって自分が寝ていたかと悶々するあの感じ。

『78』の感想を書くつもりが、こんな感じで変なことを考えてしまい
なかなか書けない。今までどうやって感想書いていたのか。
良かったとか、面白いとか、ぞくぞくした、とかそんな感じにすれば楽なんだけど、
この話はそんな感じでなく、物語が複雑ってわけでもないのに、
いざ感想を書こうとすると、何をどう書こうか迷ってしまう。
夢を見て、その瞬間ははっきりしていたはずなのに、
すぐに肝心なところがぽっかりと抜け落ちてしまうように。
全体の輪郭はなんとなくわかるのだけど。

この『78』は僕にとって夢物語みたいなもの。
とっても良い夢なのだけど、肝心なところが抜け落ちている。
その昔、世界は78回転で回っていた
何のことやらと思う、この本の紹介文。
実際のとこは何てことなく、昔のレコードの回転数が78ということだという。
今のレコードは33か48回で回る。
昔のレコードは実にゆっくりしている。
そのことを意識するように、ゆったりと物語が語られる。
本当にゆったりと、でもちぐはぐに。
レコードのブツっとするあの音を表してるように感じる。
物語の始まりには、ハイザラとバンシャクという少年が終点を目指す。
終盤ではシンとクローディアという男女が終点を目指す。
物語の最後ではジングルという女性が音楽の終わりを考える。
レコードが正確に音楽を記録するならば、
音楽の終わりも、また正確に記録されていると悟ると、
音楽は永遠に頭の中で残っていると彼女の夫が答える。

そして「めでたし、めでたし」とでも言い、
母親が絵本をパタンと閉じ終えたかのように、
実に良い余韻で物語が締めくくられる。
思えば僕も子供の頃、絵本の話はよくわかってなかったはずなのに、
今でも、なんとなく頭の中に話が残っている。
その時感じていた思いが、今『78』を読み終えてある気がした。
結局のところ何にもわかっていないし、色あせていく思いでになるのだろうけど、
何となく、ずっと残っていくような物語だった。

2009年06月07日

久しぶりの普通の日記

村上春樹の新作の発売日に、仕事の休憩時間を使って買いに行ったけど、
新刊売り場にはぽっかり2つの穴が出来ていた。
ネットで予約殺到と出ていたので、ああそうかとあっさり諦めて、
次の日他の書店に行ったけど、やっぱり売ってない。
どこにいっても売ってない。

そういえば、この前にもDOESの新アルバムが発売だったので、
ゲオとヤマダ電気に行ったけどこれもまた売ってなかった。
以前住んでたところなら1時間半くらい車でタワレコがあったのに、
引っ越ししたのは、やっぱり不便だと感じた。タワレコ偉大なり。

同じようなことはまだまだ続いて、
トータス松本の「明星」を発売日に買いに行ったけど、
店には歌が流れてたのに、明らかに新作のコーナーには
トータスのCDのスペースが空いてない。
トータスの名前のところにも無い。
なんだかんだ、他の店にあったので良かったけど、
最近は新作といっても売ってないことが多い。

今日は久しぶりにツタヤに行ってリトルバーリーをレンタル。
有効期限が切れていたので500円は痛い。
本当は以前パソコンがぶっ潰れた時消えた、
清志郎の「夢助」と
最近気になる、ラファエル・サディークの「ザ・ウェイ・アイ・シー・イット」
この2作を借りたかったけど、置いてはいなかった。
そういえば、引っ越して半年になるけどツタヤに行ったのは初めて。

無料レンタルにはピロウズの「Funny Bunny」が。
なんでかなと思ったら、ピロウズのベスト版が出ていた。しかも2枚も。
欲しかったけど、新作ってわけでもないのであきらめて
店内をふらふらしていたら、カサビアンの新作が出ていた。
こっちはすんごい欲しかったけど、ツタヤのポイントなんて微々たるもの。
やっぱりタワレコ偉大なり。というよりただの貧乏性。
最近車を変えたから、貧乏生活に突入中。
フランツ・フェルディナンド・グリーンデイの新作も欲しいけど自粛中。


今日も相変わらず、人生に悩んでばっかりの毎日。
だけど車の中でトータスの「明星」を聞いていると
こんな生活だけど何もかもが間違いじゃないと思える。
いや、思いたい。そう信じている。
「明星」のカップリングの「夢ならさめないで」
もう一つオマケのカバー曲「What Becomes of the Broken Hearted」
この2つもすごいいい曲。

家に帰ったら、ピロウズを久しぶりに聞いてみる。
曲はツタヤで見た「Funny Bunny」
こんな感じで毎日が流れる。世界は簡単そうに回っている。今日みたいに。

キミの夢が叶うのは
誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を選んで
走ってきた
当たり前すぎるほどいい曲だ。
ちょっとピロウズのベスト版が欲しくなった。

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2009年06月04日

『メシアの処方箋』 機本伸司

メシアの処方箋 (ハルキ文庫) メシアの処方箋

この作者の前作が「宇宙を創ることができるか」
そして今作が「メシアを救世主をつくることができるか」

個人の小さな宇宙、救世主という意味あいでなくて、
文字通りのそのもの、壮大でロマン溢れて、不可能な側の
宇宙であり、今作ではメシア。

そんな大きなテーマの『メシアの処方箋』
メシアを作るというより、方舟という古代の遺跡を発見して、
その中から蓮華模様が刻まれている木簡を解析するという
物語というイメージが読み終えた後強く残った。
僕は、その解析する流れが好き。
未知の物体というものに触れて、それを知ろうとする人の好奇心。
僕はアホでバカなので理科の実験でさえ満足にできないし、
研究なんて学者的なことはまったくできないけど、
こういう謎を追及できるようなことをやってみたりしたい。
というか、妄想してしまう。
謎、つまりは、わからないってことは面白いな。


ちなみに謎といえば、『神様のパズル』の映画は、
なぜあんな風になってしまったんだろう。



関連作品感想リンク
『神さまのパズル』
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2009年05月19日

苦しい時にこの一曲 part8

「明星」 トータス松本

明星(期間限定スペシャルプライス盤) 明星

トータスのオリジナルソロ曲は、ウルフルズとは一味違って、
大人のバラードというかブルースというか、
染みいるような、しっとりした雰囲気が、それは素晴らしいけど、
ソロ3rdシングルとなるこの「明星」は
疾走感溢れ、アグレッシブで、トータスの熱さが伝わってくる。
そして胸があったくなる、実に「らしい」曲だった。

本当にこの人の歌は、伝わってくる。
ありきたりな言葉やシチュエーションを歌ってるのに、
ストレートに胸に響いてくる。
本当に、欲しい言葉を歌をくれる。

耳当たりが良くて、きれいな歌は山ほどあるけど、
無骨でも、ストレートにぶつかってきてくれる歌は、
脳天から心臓まで突き抜ける。
何もかも 間違いじゃない
何もかも 無駄じゃない
たったひとつの輝きになれ
人はみな一度だけ生きる

使い古されたような陳腐な歌詞でもあるんだけど、
音楽に乗って、力強く、厳しくも優しく、
僕に勇気をくれる。苦しい時にこの一曲。

間違いじゃない!!


それと歌はもちろん、PVが素晴らしすぎた。
ペプシコーラのサイトで3種類見れるが、どれも凄い。
たくさんの人が一つの明けの星を歌い継いでいるのが、
素晴らしい繋がりを見ているようで、なぜかうれしくなる。
トータスと交遊がある、
ユースケ・サンタマリア・名倉潤・パパイヤ鈴木も友情出演。

そしてトータスが電車の中をギター一本で、
駆け回っているシーンがすごい熱くなる。

どうぞこちらで、そのPVをご覧ください↓
http://pepsinex-music.jp/
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2009年05月13日

『菊と刀』 ベネディクト

菊と刀 (光文社古典新訳文庫) 菊と刀


久しぶりに読書の感想記事です。
なんか毎日毎日疲れてて、最近本読めてません。
実はこれも、まだ精神的に健全だった時読んだ本で、
内容も曖昧な部分が多いのです。
たぶん10冊以上、感想記事書いてないのが残ってます。
おかしいな〜、読書の備忘録としてのブログのはずなのに。

この本はタイトルが自分的にかっこいなと思い、
本屋でバイトをしていた頃から気になっていた本。
「菊」と「刀」
日本という国を表すかのような2つの言葉。
アメリカ人のベネディクトが日本の文化を研究し、
外側から見た日本、アメリカ人からの異文化として捉えた日本が興味深い。
ベネディクトは文化人類学者だというが、
第二次世界大戦時中ということでフィールドワークを行わず、
文献や日系人、滞日経験のある米国人の協力で書かれたことで、
事実というより、ベネディクトの考察という部分が大きいような気がした。
ほとんど論文なので、そういった内容になるのは仕方ないが、
これは真実なのかどうか。
もはや古典にもあたる内容で、
当時の日本と今の日本は大きく変わってしまったので、
もはや、あらゆることが僕にはどこか別の国のことのようにも思える。
天皇を敬う在り方なんて、今も年配の方は、
まだこの文献当時と似ている部分もあると思うが、
僕みたいな若いモンには、もう全然わからない。

日本人の気質的なことを描いている部分は、
あまり昔も今も変わらない部分もあると思う。
「応分の場」「恥」「恩」などなど……
少しずつ変化しているのだろうが、
昔の日本人も今の日本人も根っこの部分は変わっていないと思う。
だいぶ欧米的な考え方が、日本に浸透しているのだけど、
日本人特有の、言葉では説明しかねる何かを感じる。
今も昔も日本人というのは風変わりというか、
特有の文化を形成しているのだなと感じた。

それにしても読みやすい訳で、
光文社古典新訳文庫の他の本も読んでみたい。
posted by kakasi at 03:16| Comment(2) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「海外」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

ただ願うだけさ

何が起こってるのか 誰にもわからない
いい事が起こるように ただ願うだけさ
眠れない夜ならば 夜通し踊ろう
ひとつだけ多すぎる朝 うしろをついてくる

Oh 忘れられないよ 旅に出よう
Oh もしかしたら君にも会えるね

 JUMP 夜が落ちてくるその前に
 JUMP もう一度高くJUMPするよ


「JUMP」忌野清志郎


本当に高く、高く、手のどかない届かないとこまで行ってしまった。
なんとなく、覚悟はしていたけど、
平気な顔して、ひょっこり「ベイベー!」
なんて言いながら、歌いだすものとばかり思っていた。

忌野清志郎が死んだ――

ミュージシャンの訃報についてはこのブログでは、
以前「ZARD」の坂井泉さんのことを書いた。
とてもショックだった。
でも、今回はその時ほど死んだという実感が湧かない。
忌野清志郎という人は、僕の中で歌い続けているというイメージしかない。

言葉がないって、きっとこういう気持ちなんだろう。

イエスタデイをうたって
イエスタデイをうたって
イエスタデイをうたって


まだ生きていたアノ頃を思う。
でも、昨日の歌は寂しすぎる。


posted by kakasi at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月21日

『新世界より』 貴志祐介

新世界より 上 新世界より 下


貴志さんの作品を読むのは『硝子のハンマー』以来で
過去ログを遡ってみたらおよそ4年ぶり。
完全ミステリーだった『硝子のハンマー』
そして今作は、現代から遥か未来を描くSFファンタジー。
そういう触れ書きはするけど、
物語の舞台は、宗教的、土着的なものが感じられるオカルトチックな世界。
主人公の少女のおよそ20年もの長い長い物語。
ページも1000ページを超える、まさに大作。

この物語では人間は呪力という力を持っていたり、
動物達の生態系は、ものすごい変化を遂げていたり、
挙句の果てには、人語を話すバケネズミという奇妙な生き物がいる。
そして遥か過去の文明の中心だった機械は、まったく姿を消している。
別世界の物語のようなこの本だったが、
次第に明かされていく、封印された人類の過去。
閉鎖的な世界で管理されていて、
まるで籠の中の鳥のようだった主人公たちが、
世界の真実へと触れていき、広がる物語は圧巻。

作者もじっくりとこの世界の下地を作っていて、
細かい設定がこの不可思議な世界を理由づけている。
そこで繰り広げられる、少年少女の物語は、
壮大なスケール感を持ち、時代を超えての
人間の愚かさを説いているかのような教訓じみたものも感じられ、
新世界の寓話のようだった。
posted by kakasi at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 作家別 「か行」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

『秋期限定栗きんとん事件 上・下 米澤穂信』

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫) 秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

この時期に秋期限定というタイトルの本が出るのはいかがと思うが、
待ちに待っただけに、やっぱり嬉しいもの。
『夏季限定トロポカルパフェ事件』で相互関係解消をし別れた
小鳩君と小佐内さんのその後を上・下巻で書いたこの秋期限定。
さてさて、二人の再開はあるのだろうか。

小市民を目指す小鳩君と小佐内さん。
2人でいることにより、
決してその目指す小市民まで届かないと思い知らされ、別れた二人。
前作の『春季限定』『夏季限定』では二人でいることが当たり前だったが、
今作では、二人が一緒にいないどころか、
お互い別の恋人を作り、別々のパートで進んでいく。
そして今回起こる事件は放火。
放火魔事件をメインに添え2人の秋から次の秋までの1年が始まる。
やっぱりファンとしては、お互いが別の異性といる。
仲良くかどうかわからない空気が漂っているが、
それだけで変にやきもきさせられる。

そんな甘酸っぱい思いも感想になるが、
やはり肝は、小市民というものと二人が向き合うことになるのが、
今作の一番の見どころだと思う。
二人とも感情を出さないので、読み取るのが難しい。
でも、言動からなんとなくわかる。
そして小市民というもの、
何より小市民に憧れた自分自信、
小市民になることで得られるものを、本当に掴むために
必要なものとは何かということを知るまでに至るプロセスが、
一年かかってやとぐるりひとまわり。
小市民というシリーズでくくるなら、これで完結がベストだろう。
あと残るのは、高校生活にさよならを告げ、
学校から離れた二人の関係をどうするかだけだと思う。

『秋期限定栗きんとん事件』決して甘ったるくなんかなかった。
長いこと仮タイトルだった『秋期限定マロングラッセ事件』
から、タイトルが変わったのは正解だろう。
二人が周りに芯まで漬け込み染められるなんて考えられないから。


関連作品感想リンク
『春期限定いちごタルト事件』
『夏期限定トロピカルパフェ事件』
posted by kakasi at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 「米澤穂信」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月12日

『ボトルネック』 米澤穂信

ボトルネック ボトルネック


自分がいない世界では、何が変わっているだろうか?

そんなIFの世界に入り込んだ主人公が、
自分の世界では生まれず、IFの世界で自分の代わりに生きている姉と共に、
元の世界へ帰るための方法を探しながらも、
自分の世界と自分のいない世界との違いに気づいていく、間違い探しの物語。

青春小説独有の青臭さと孤独感が、淡々と語られながら、
次第に、どうしようもない残酷な事実が突き付けられる。
自分自身がボトルネックだったという。
自分という存在を、根底から揺さぶられる物語は、すごい痛みが伴った。

東尋坊から始まる物語は、普通の青春小説のような、
眩しさこそないが、淡く、儚い。

懐かしくなんかない。爽やかでもない。
若さとは、かくも冷徹に痛ましい。
ただ美しく清々しい青春など、どこにもありはしない――。
このキャッチコピーが、作品の雰囲気を物語っていた。





posted by kakasi at 23:59| Comment(4) | TrackBack(1) | 読書 「米澤穂信」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『夢の中まで左足』 名波 浩 増島 みどり

名波浩 夢の中まで左足 夢の中まで左足

移動中の新幹線で、
足置きを使いながら眠ってしまったことがある。
気がつくと、ものすごい勢いで、
ガツンと足置きを蹴り上げてるんだ。
イテテテ、と言うほど痛くて擦りむいていたんだけれど、
そのとき、本当に笑ったよ。
だって、夢の中まで左足で蹴っていたんだから。


現在、トータス松本の「oh my radio」を聞きながら書いている。
リスナーから、新しい仕事場でのアドバイスというメールに
とにかく情熱を持てと熱っぽい口調で語っているのが印象的だった。
その情熱という言葉が似合いそうもない、クールなレフティと、
僕の中では混じり合っていくかのよう。

名波浩の現役最後の1年に書かれたコラムを集めて作られたこの本。
名波の関連本で、過去に読んだ、
『泥まみれのナンバー10』『NANAMI 終わりなき旅』
と比べたら、ややインパクトに欠けた内容だったけど、
最後の1年の心境、これまでの記憶を語っているだけに、
どうにも感慨深いものがある。
高校からコンビを組んでいた「藤田俊哉」
代表でボランチを形成した「山口素弘」
交流深く、どちらもお互いのファンというミスチルの「桜井和寿」
この3人との対談のオマケもついている。

読み終わったら、情熱を燃やしつくしてスパイクを置けたのだと思えた。
とにかくサッカーにこだわり続けた。
サッカーが上手いとか、下手とか、そういうこだわりもあるだろうけど、
純粋に自分の目指すサッカーへ突き進んだ。
それが出ているのが、
一番最初に書いた夢の中まで左足というエピソードであったり、
何が何でも左足という、本の中で出てきた言葉だと思う。
足りないものを探しに行くというイタリア行きの言葉、
イタリアから帰ってきて、意地を見せMVPに輝いたアジア杯、
そこで出た、パスタをくいに行ってわけではないという言葉。
まあ、言葉よりプレイが物語っている。
でももう真剣勝負での名波のプレイは見れないのは寂しい。

と語っていたら、トータスの「oh my radio」も
あと2回で最終回ということに。
やはり、始まりがあるものはやがて終わる。
幸運なことに僕は、名波は好きだけど、
ジュビロ磐田というチームが、今はアレでコレでソレだけど、
やっぱり好きなわけで、ジュビロのサッカーは続いていく。
とりあえずのところ。

そして名波は、ジュビロ磐田というチームが好きと断言している。
今もアドバイザーとしてジュビロに関わっている。
これはファンとしては、とても嬉しい言葉。
いつかまた緑にピッチで。
左足の放物線は見れないかもしれないが、指導者として。
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2009年03月11日

「告白」 チャットモンチー

告白  告白

現実世界が大変すぎてネット世界に入り込む隙間がなかったですkakasiです。
つまりはパソコンとバイバイしてました。…っが、
ここにきてヤマダ電気様でオニューパソコンをゲットしてきたので、
風向きがどうやら変わってきそう!
NECのLaVie LL750/S赤いパソコンをお買い上げ。
数日前下見に行って、その時の店員さんが僕を覚えていてくれたようで、
前回に引き続き色々アドバイスくれて満足なお買い上げ。
僕もそんな店員さんになりたいですよ。よく客を覚えていられるな。
と、思いきや自分もつい最近同じようなことを店員側としてやって
そのお客さんが、お礼しに来てくれてました。
お客さん!中国行き気をつけて!

そしてそのパソコンは5年間保証がついて、
146790円にが32154円分のポイントがついて、
そいつを使いこのアルバムと、なかなか高価なヘッドホンを買い、
ご機嫌なので、久しぶりALBUMカテゴリ復活。
前回が2007年10月の斉藤和義で「I LOVE ME」
約1年半ぶり。その間も何十枚とアルバム買ってましたがね。

チャットモンチーは1作目「耳鳴り」にヒリヒリとした乙女心が、
男の心にもビリビリときた名盤で、
2作目「生命力」はバラエティに飛んでポップとロックがいい感じで、
この3作目「告白」はこれまで以上に、
スリーピースからなるギター・ベース・ドラムが、暴れまくりながら、
1作目のヒリヒリさと2作目のポップ感が合体したような出来だった。

1、2作目の切なくて折れそうな感じが薄れ、
どっしりと女子としうより女のロックを聞かせてくれました。
でも、時折感じるその刹那的な女子的な部分がまたいい。
基本的に音楽関係から疎くなっているのでシングル曲なんかも
ほとんど聞いたことがなかったが、シングル曲がいい。

特に4曲目の「染まるよ」これはもう名曲。
生音がゆっくり近づいてきながらメロウに聞かせ、
その後だんだん高揚していくメロディとたばこをキーに展開する歌詞が、
切なく、痛く、鋭く、まるで少女の持つナイフのよう。
ぷかぷかぷかという擬音さえも痛みを感じ得ない。
ボーカルの声が響き、楽器音と交じり楽曲を染めあげる。
ノックアウトで、完全にチャット色に染め上げられた。

他もキュートでポップながらロックな、
チャットモンチー全快な「ヒラヒラヒラク秘密ノ扉」「風吹けば恋」

刹那的な歌詞と泣きのギターがうねる「CAT WALK」

ぶっ飛んだメロディ七色変化な「ハイビスカスは冬に咲く」

これこそアルバム曲な、箸休めでいて意欲的な
「長い目で見て」「LOVE is SOUP」

「生命力」の「ミカヅキ」にあたるかのような、
締めのなんとも言えない気分になる「やさしさ」

そこかしこそでチャットモンチーの集大成と、
このアルバムのことを聞くけど、まさにそれで、
今のチャットモンチーのベストを聞かせてくれたと思う。
もちろん次には次のチャットモンチーのベストを聞かせてくれると
早くも期待せずにいられない。そんなアルバムだった。


posted by kakasi at 02:45| Comment(1) | TrackBack(0) | ALBUM | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする